スマートフォン版へ

岩手競馬を廃止させてはならない

  • 2018年11月15日(木) 12時00分
 岩手競馬から、今年4頭目となる禁止薬物の陽性反応が確認されたことが、今週月曜日、11月12日に発表された。

 4頭とも検出されたのは筋肉増強剤のボルデノンだ。その馬名と検出時期などについて、簡単に整理したい。

1)スターズレディ(牝5歳、水沢・三野宮通厩舎) 7月29日に盛岡のレースで2位入線後検出。
2)ウバトーバン(牝4歳、水沢・高橋純厩舎) 9月10日に水沢のレースで2位入線後検出。
3)ヒナクイックワン(牡3歳、水沢・高橋純厩舎) 10月28日に盛岡のレースで1位入線後と11月6日の検査後検出。
4)ワンサイドストーリ(せん6歳、水沢・高橋純厩舎) 11月6日の検査後検出。

 4頭のうち3頭が高橋純厩舎の馬だ。競馬法違反の可能性があるということで、警察が捜査に入った。高橋調教師をはじめとする当該馬の関係者が聴取の対象となり、同師の管理責任が問われるわけだが、レースで1位と2位に入線した馬は必ず尿検査で検体を採取される。それをわかっていながら、調教師が管理馬の能力を高めるための禁止薬物を投与することは考えづらい。

 何者かが、高橋師か、岩手競馬か、あるいは競馬界全体を貶めるために禁止薬物を投与したと見るのが自然だろう。

 その場合の罪状は、開催が中止に追い込まれているのだから、威力業務妨害あたりだろうか。

 それに関して、高橋師や高橋厩舎の関係者、および岩手競馬は被害者と言えるが、競馬法違反に関しては前述したとおりだ。管理責任が問われることに変わりはない。

 話を進めるにあたり、3)のヒナクイックワンに絞って時系列で見ていきたい。

 同馬は10月21日の盛岡競馬で1着となっているが、そのとき禁止薬物は検出されなかった。10月23日、主催者の岩手県競馬組合が監視カメラを設置した。が、その監視カメラはまだ稼働していなかった。10月28日のレース後と、さらに1週間ほどあとの11月6日、同馬から禁止薬物が検出された。同じ11月6日、監視カメラが稼働するようになった。

 禁止薬物のボルデノンは比較的長期間体内に滞留するので、一度に投与されたものが2度にわたって検出されたと見るべきだろう。ということは、10月21日のレース終了から、28日のレース前までのどこかで投与されたことになる。監視カメラというのは、たとえ通電していなくても、あるだけでダミーとして抑止力になるので、「犯人」は、設置前の22日までに投与したのか。あるいは、通電していないことを知っていたなら、23日から28日までの間に平気な顔で投与したのかもしれない。

 それにしても、監視カメラが設置されてから稼働するまで2週間もかかったのはどうしてなのか。非常時の2週間は長い。これは、大家が店子に部屋を貸すとき、防犯のため鍵をつけるのと同じようなものだから、大家、つまり、競馬組合側の責任だろう。高橋師だけが管理責任を問われるのはおかしい。

 岩手県競馬組合は、「公正な競馬を開催できる体制の構築」をするために、11月10〜12日と17〜19日の開催を取りやめにした。16日に判明する見込みの抽出検査の結果によっては、休止期間がさらに延びる恐れもある。

 岩手競馬は、岩手県、盛岡市、奥州市から約330億円の融資を受けており、単年度収支で赤字にならないことを条件に、存続を認められている。

 今回の開催中止によって赤字になれば、存廃問題が再燃する恐れがある。

 が、岩手競馬を廃止すべきではない。

 債権者である自治体にとっても、競馬を存続させることによって債権回収をつづけるのが最良の方法だろう。

 今、岩手競馬を廃止にしたら、330億円の財源をどこに求めるのか。福祉や教育などの予算を削るわけにはいかないだろう。

 また、700頭ほどの馬と、調教師、騎手、厩務員といったホースマンの行く先の問題もあるし、失業保険の財源は充分なのかといった問題も絡んでくる。

 何より、南部馬の故郷で、南部曲屋や「チャグチャグ馬コ」などに象徴されるように、馬と人とがいにしえより共生し、馬事文化が深く根づいた岩手には、競馬場はなくてはならないと思う。

 はたして、禁止薬物を投与した人間は、ここまで問題が大きくなることを想定していたのだろうか。

 監視カメラの設置から稼働まで2週間もかかったという動きの遅さが、3頭目以降の検出につながった可能性はゼロではない。一事が万事で、このままの体制だと、同種の問題か、また何か新たなトラブルを防ぐことは難しいのではないか。

 もし、関係者の間に「岩手競馬を潰されることはないだろう」という甘い認識があるとしたら、改めるべきだ。やはり、ここは責任の所在を明確にしなければならない。繰り返すが、細かいことでも一事が万事だ。誰の、あるいはどの部署の指示が不十分だったのでこれだけ監視カメラの稼働が遅れたのか、経緯を明らかにする説明責任から、まず果たしてほしい。責任の所在が明確な組織でなければ、「公正な競馬を開催できる体制の構築」はできないだろう。

 前回の本稿で、言葉足らずになった部分を補うつもりで書き出したら、長くなってしまった。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング