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新型コロナウイルスと競馬

  • 2020年02月27日(木) 12時00分
 まず最初に、本稿は、2月27日(木)午前11時30分の時点で知り得る情報をもとに記していることをお断りしておく。

 新型コロナウイルスの感染者が日本で初めて確認されたのが1月中旬。それからひと月半ほどになろうとしている。

 日本各地で新たな感染者が出たことが連日報じられ、マスクや消毒液が店頭にほとんどないという状況にも、いいのか悪いのか、いい加減、慣れてしまった。「正しく怖がる」ことを前提に、手洗いをはじめとする感染予防と、マスクの着用を含む「咳エチケット」の徹底が求められている。

 不特定多数の人が集まるイベントの中止や規模縮小が相次ぎ、2月25日(火)には、Jリーグが3月15日まで予定していた公式戦94試合を中止にし、「我が軍」こと読売巨人軍が、2月29日と3月1日に予定されているヤクルトとのオープン戦を無観客試合にする、というアナウンスがあった。

 そんななか、2月26日(水)の昼過ぎ、安倍晋三首相が、多数の観客が集まるスポーツ・文化イベントの開催について、今後2週間は中止や延期、規模縮小などの対応を取るよう要請する方針を明らかにした。

 それを受けて各種イベントの中止・延期・縮小の動きがさらにひろまった。2月29日から3月15日までのプロ野球のオープン戦全72試合が無観客で開催されることになり、ラグビーのトップリーグは3月8日までの16試合が延期になった。そのほか、テニスやカーリングの大会も無観客で行われ、また、人気ミュージシャンPerfumeの東京ドームでのライブや、EXILEの京セラドームのライブが中止になったこともニュースになった。

 そして、2月27日と28日の大井競馬、27日から3月13日までの名古屋競馬、27日から当面の間の佐賀競馬、29日から3月8日までのばんえい帯広競馬、3月1日から当面の間の高知競馬が無観客で開催されることが、2月26日の夕刻から夜にかけて発表された。

 新型コロナウイルス対策としての「無観客競馬」はそれが初めてではなく、香港では、2月8日のシャティン開催から無観客で競馬が行われている。

 JRAはどうするのだろうと思っていたら、2月29日(土)以降の中央競馬について、当面の間、「無観客競馬」とすることを、27日の午前11時ごろ発表した。ウインズ、パークウインズ、J-PLACEでの発売・払戻についても、当面の間、取りやめることになった。この間、JRAの馬券発売、払戻は電話、インターネット投票(即PAT、A-PAT)のみとなる。

 国が「不要不急の外出」を控えるよう呼びかけたのが2月16日(日)。

 翌週、2月22日(土)から、騎手がウイナーズサークル付近などでサインや握手をするといったファンサービスは取りやめになっている。

 第37回フェブラリーステークスが行われた翌23日、東京競馬場を訪れた人は5万985人。前年比83.4パーセントだった。ちなみに、京都は2万3065人で前年比100.0パーセント。小倉は1万8306人で、前年比102.5パーセントだった。なお、土曜日は3場とも前年を下回っていた。

 フェブラリーステークスの入場者数が昨年より少なくなったのは、コロナウイルスの影響より、話題性の差によるところが大きかったのかもしれない。昨年は、藤田菜七子騎手がGIに初参戦するということで、普段は競馬場に来ないメディアが大挙して押し寄せるフィーバーぶりだった。出走メンバーも豪華で、モーニン、ゴールドドリーム、ノンコノユメという過去3年の優勝馬、6連勝で東海ステークスを制したインティ、東京大賞典を勝ったオメガパフューム、そして藤田騎手が騎乗した、4連勝中のコパノキッキングといった強豪が揃った。

 今年も、モズアスコットが芝・ダート両GI制覇を遂げて史上5頭目の「二刀流王者」となるか、それともインティによるレース史上2頭目の連覇が達成されるのか──という見どころはあったものの、昨年ほどの「引き」がなかったことは確かだ。コロナウイルスの件がなかったとしても、売り上げは落ちていたかもしれない。

 そう考えると、こと中央競馬に関しては、これまでのところ、コロナウイルスによる影響は最小限にとどめられていると見ていいだろう。

 発売中の「週刊競馬ブック」の「一筆啓上」に片山良三さんが「無観客競馬という選択は、窮余の策ではあっても、決して最悪の策ではない」と書いているが、私もそう思う。クラシックにつながる大切なレースが行われる時期だけに、最悪の選択は中止である。ただ、無観客となると、特に若駒の場合、単にトップスピードで走ることだけではなく、多くの観客の前に出て、歓声を浴びながら走ることも「レース経験」の重要な部分になるわけだから、確かに「窮余の策」である。

 それでも、コロナウイルスの新たな感染者のなかに「競馬場に行っていた」という人が現れたりするほうが、ずっとまずい。
「無観客競馬」が施行されるのは、戦時中の1944年、競馬が能力検定競走として行われて以来となるのか。当時は馬券の発売も中止されたので、さらに「平時」との違いは大きかったわけではあるが。

 競馬というのは、ファン以外の人から見たら、「不要不急」の娯楽以外の何物でもない。

 また、国に特別に認められたギャンブルという立ち位置から、国庫納付金を納めるだけではなく、何らかの形での社会貢献がつねに求められる。

 そうした性質を考えると、感染者拡大の温床のように見られることは、絶対に避けなければならない。JRAは、2月21日に「新型コロナウイルス等の感染予防対策について」と公式サイトに予防策を掲載したが、公共交通機関を使って不特定多数の人が集まるイベントを主催しているのだから、今回の決定は妥当なものだと言える。週末の競馬に向けて仕上げられた馬たちのことを考えても、これが最善だろう。

 今週末からの「無観客競馬」に関して思うのだが、東日本大震災のあと被災地復興支援競走を行ったように、売り上げの一部を「新型コロナウイルス対策費」として寄付できるようなレースを実施してもいいのではないか。

 たとえ無観客でも、開催をつづけるのなら、今、競馬をする意味を、わかりやすい形で提示する必要があるように思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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