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【友道康夫の証言】角居調教師は助手時代『馬のことに関してかなりアツく語っていました』

  • 2021年02月22日(月) 18時02分
角居調教師引退特集

▲調教助手時代の同僚である友道調教師が語る、ライバルとして友人としての思い (撮影:大恵陽子)


今月いっぱいで引退を迎える角居調教師の活躍をたどる特集。第二部では、角居調教師に縁の深い競馬関係者6名が登場し、“角居勝彦のスゴさ”を証言します。

今回登場するのは調教助手時代、開業間もない松田国英厩舎で角居調教師とともに中心的役割を担った友道康夫調教師。仕事終わりに師匠と3人で話していると、角居調教師は馬へのアツい情熱から喋りだすと止まらず、夜遅くまで語ったこともあったとか。

奇しくも師匠と同じタイミングでの競馬界からの引退。同学年で、「ライバルであり、友達でもあった」という友道康夫調教師に、若かりし頃に感じた角居調教師のスゴさ、さらには松田調教師への思いにも触れていただきました。

(取材・構成=大恵陽子)

※このインタビューで電話取材で実施しました。

【第一部】名トレーナー誕生秘話『角居勝彦物語』(2/11〜2/16)
【第二部】関係者たちが証言“角居勝彦のスゴさ”(2/17〜2/24)
【第三部】引退直前、角居調教師からのラストメッセージ(2/25〜2/26)

晩ご飯もいただきながら、夜な夜な師匠と3人で語り合い


――松田厩舎で調教助手として働かれていた角居調教師と友道調教師。共に開業の頃から所属していたんですか?

友道 松田厩舎は変則で1996年11月に開業して、私は開業時から、角居調教師は年が明けた1月に入ってきたので、ほぼ同じスタートでした。その少し前に森秀行調教師が開業されたんですけど、松田調教師と森調教師で新しい厩舎の構想を練っていたんじゃないかな、と思います。

 たとえば、20馬房で13人の厩舎スタッフがいれば、13人全員で20頭全頭を見ようとか、朝も13人が同じ時間に来て、一緒に仕事をして、同じ時間に帰るとか、集団で調教に向かうとか。そういった今では一般的になっている調教スタイルは松田調教師や森調教師が走りでした。

――当時、革新的な厩舎だったんですね。その中で、お二人はどんな役割を担っていたのでしょうか?

友道 攻め専(調教専門の調教助手)をしていて、特定の馬を担当するのではなく、全馬責任を持って見るという感じでした。昔は厩務員さんが個々に担当馬のカイバを作っていたんですけど、松田厩舎ではカイバを作る人が1人いて、その人が全頭分作っていました。角居調教師も作っていた時があったと思いますし、私もだいたい作っていました。

――以前、松田調教師が「ご飯を食べながら馬のことや調教師試験の勉強を教えていた」とおっしゃっていました。

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1964年3月28日、石川県生まれ。JRA栗東所属の調教師。競馬学校を卒業後、中尾謙太郎厩舎及び松田国英厩舎で調教助手を務め、2001年に厩舎を開業。その後、カネヒキリ、ウオッカ、エピファネイアなど多くのGI馬を管理してきたと共に、海外競馬でもデルタブルース、シーザリオ、ヴィクトワールピサなどのGI馬を輩出。

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