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北米でまたも快挙

  • 2021年12月09日(木) 12時00分
 父の一周忌で札幌に行ってきた。パソコンを持たずに遠出したのは久しぶりだった。

 いつもは機内や空港のラウンジで仕事をしているのだが、今回は差し迫った〆切がなかったので、蓮見恭子さんの新刊『メディコ・ペンナ』を旅の供とし、楽しませてもらった。「あなたの万年筆と人生、修理いたします」という帯の惹句からして面白そうで、その通りに期待を裏切らない、素敵な作品である。

 主な舞台は神戸の街の一角にある万年筆のお店。そこを訪れる人々が、不思議な雰囲気を持つ店主との万年筆をめぐるやり取りを経て、生きていくうえでの道しるべを得る。登場人物のひとりはスポーツ新聞社に勤めており、競馬面の出馬表の細かな校正に脂汗を流す。胃が痛くなるようなディテールに説得力を持たせるあたりは、さすが『女騎手』の著者である。

 帰りの飛行機はひどく揺れたらしいが、この本に夢中になっていたおかげで、ほとんど気づかぬうちに羽田に着いていた。

 さて、先月のラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌによるブリーダーズカップ制覇につづき、北米での日本に関する嬉しいニュースが舞い込んできた。

 12月5日に今年の開催を終了したカナダのウッドバイン競馬場で、木村和士騎手が138勝を挙げ、日本人騎手として初のリーディングに輝いたのだ。2位ラファエル・ヘルナンデス騎手の84勝、3位エマ・ジェイン・ウィルソン騎手の82勝に大差をつけての独走で、獲得賞金もトップだった。

 22歳の木村騎手は、2017年、JRA競馬学校を自主退学し、カナダに渡った。18年にカナダ競馬の表彰「ソヴリン賞」の最優秀見習騎手賞を受賞。19年にはアメリカ競馬の年度表彰「エクリプス賞」の最優秀見習騎手賞を日本人で初めて獲得していた。

 同じくカナダを拠点にする24歳の福元大輔騎手は36勝でリーディング9位。昨年、カナダ版ダービーのクイーンズプレートを制し、今年は同国を代表するG1ウッドバインマイルを勝つなど活躍している。

 ウッドバイン競馬場は1874年にトロントの東に設立され、1956年に現在のレックスデールに移設された。カナダ三冠競走の第一戦である前述のクイーンズプレートと第三戦のブリーダーズステークスの舞台となっており、ほかにも、カナディアンインターナショナルステークスや前出のウッドバインマイルといった国際G1競走が行われている。1996年にはブリーダーズカップも開催された、メジャーな競馬場である。

 武豊騎手も、カリフォルニアに長期滞在した2000年に騎乗したことがある。

 クイーンズプレートの勝利騎手の一覧を眺めると、ジョン・ヴェラスケス、パット・ヴァレンズエラ、ケント・デザーモ、マイク・スミス、パット・デイといった全米に名を馳せた一流騎手の名を見つけることができる。カナディアンインターナショナルステークスに至っては、ランフランコ・デットーリ、ライアン・ムーア、クリストフ・スミヨン、マイケル・キネーンなど、日本でもおなじみのヨーロッパの名手たちも勝利騎手に名を連ねている。

 そうした超一流が腕を競う激戦区で日本人騎手がリーディングを獲ったという報せに、私は、マルシュロレーヌがブリーダーズカップディスタフを勝ったときと同種の驚きを感じた。とてつもない快挙である。

 その木村騎手は、カナダのシーズンオフを利用し、来年1月からアメリカ・ケンタッキー州のターフウェイパーク競馬場の冬季開催で騎乗する予定だという。声をかけたのは同地でトップトレーナーとして活躍するウェスリー・ウォード調教師とのこと。ウォード調教師は53歳。父も調教師だった彼は16歳で騎手になったが、ウエイトコントロールに苦しみ、21歳の若さで引退。父の厩舎を手伝ったのち、1991年にカリフォルニアで厩舎を開業した。その後、ケンタッキーやフロリダに拠点を移すのだが、カリフォルニアにいたころ、管理馬のレースに武騎手を起用したこともあったし、騎手として年末年始に訪れた鹿戸雄一調教師らに調教での騎乗馬を提供したこともあった。

 もう20年ほど前のことになる。

 私も何度か話したことがあるのだが、元騎手で、黒のドレスシャツをラフに着こなしていたあたり、田原成貴さんとイメージの重なる、カッコいい人だった。後藤浩輝元騎手をサポートしたことでも知られている。

 ウォード調教師は、2009年、アメリカに拠点を置く調教師として初めてイギリスのロイヤルアスコット開催で勝利をおさめ、2013年にノーネイネヴァーでフランスのモルニ賞を制してG1初勝利を挙げる。翌14年にはジュディザビューティーでマディソンステークスを勝って母国アメリカでのG1初制覇を果たし、同年のブリーダーズカップフィリー&メアスプリントも優勝。その後も、アメリカ、イギリス、フランスなどで毎年のようにG1を制する、世界的トレーナーのひとりになっている。

 木村騎手が、昨年11月、ウォード厩舎のアーティーズプリンセスに騎乗してウッドバイン競馬場のG2ベッサラビアンSを制して以来、つながりが強まっているという。実力でつかみとったアメリカ遠征なのである。

 名トレーナーとの縁を力に、さらなる飛躍が期待される。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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