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アンリトンルール

  • 2022年04月28日(木) 12時00分
 今、品川から京都へと向かうのぞみの車中である。ネット予約でのみ買える、ビジネスユースのS-Work車両というものを初めて利用した。ここは7号車で、ほかの車両より混み具合はいくらかマシという程度だが、周りはみなパソコンをひらいて仕事をしているので静かでいい。

 午後から栗東で、GIを10勝以上した元調教師にインタビューする。

 現役時代には、囲み取材や共同会見で話を聞いたことがあるだけで、膝を突き合わせて話すのは今回が初めてだ。その人が管理した往年の名馬について、どんな話が聞けるか楽しみである。

 と書いて、我ながらつまらないといつも思うのだが、掲載誌の発売日まで日数があるうちは、取材対象が誰なのかも、何について話を聞くのかも明記しない──というのが、出版界の不文律になっている。

 もちろん、そんなことは気にしない書き手もいるだろうし、「これから○○さんに××について取材します。記事は△△に載るので、お楽しみに!」といった書き方をすればいいのかもしれない。が、その場合も、私なら、編集者に確認してから、そうするかしないか決めるだろう。

 基本的に単一民族で、移民が少なく、教育水準の高い日本では、「沈黙は金」とする民族性もあって、どんな分野においても言わずもがなの不文律が多い。それはいわゆる「空気を読む」ことにも通じる。

 なので、適当な英訳はないものと思い込んでいたのだが、「アンリトンルール(Unwritten Rules)」という言葉がメジャーリーグなどで使われていることを最近になって知った。

「大差がついているときは盗塁すべきではない」「大差がついた試合で勝っているチームはカウント3-0から打つべきではない」「ノーヒットノーランや完全試合がつづいているときバントヒットを狙ってはいけない」といったものだ。不文律より「暗黙の了解」と言ったほうがしっくり来るかもしれない。

 競馬にもアンリトンルールがある(と私は思っている)。競技者側では、例えば、「ひどく掛かっている馬に近づいてはいけない」とか「手応えのない馬に乗っている騎手は、有力馬の進路を塞いではいけない」といったものだ。

 取材者側では、「故障し予後不良と思われる馬や、落馬直後の騎手を撮影すべきではない」とか「囲み取材での質問は、取材対象と親しい記者に極力任せる」「GIの共同会見終了後は拍手をする」といったものがある。

 マナーに関する注意事項が主になっているわけだが、ファン側にしてみると、「馬にフラッシュを向けてはいけない」とか「馬道の脇を走ってはいけない」など、明文化されているものが多い。

 不文律があるとしたら、ファン同士、それも馬券師としてのマナーに関するものか。例えば、「他人の本命馬をけなしてはいけない」「負けて不機嫌な態度を取ってはいけない」「大勝したら、仲間に夕食を奢るなど何らかの形で分配する」などだろうか。

「審判は絶対である」ということも、引き合いに出した野球でも、競馬でも、万国共通のアンリトンルールになっている。メジャーでも日本のプロ野球でもリプレー検証が行われるようになり、競馬の審議に近くなった。

 審判といえば、先日、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手に、白井一行球審が威圧するように詰め寄ったことが話題になっている。どんなに微妙な球でもストライクかボールか判定しなくてはならないように、競馬では、レース中の出来事が騎乗停止や過怠金などの制裁に当たるものなのか、そうではないのか、明らかにしなければならない。

 プロ野球の審判員(アンパイア)と競馬の裁決委員(スチュワード)は、立場も雇用形態も異なるので一緒くたに論ずるべきではないのかもしれないが、白井球審がしたように、裁決委員が騎手に詰め寄ったという話は聞いたことがない。

 裁決委員の場合、逆に、感情的になったホースマンに詰め寄られることはあるだろう。10年近く前になるが、裁定に不満を抱いた騎手が裁決室で暴れて、処分がさらに重くなった例もある。

 取材は無事終わり、今は帰りののぞみに乗っている。往路で食べた、日本橋だし場の「牛しぐれ煮弁当」が美味くてびっくりした。品川の駅ナカで買える。オススメである。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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