2020年1月9日、園田競馬場。実況ひとすじ64年の吉田勝彦アナウンサーが最後の実況を終えると、観客はくるりと反転してコースに背を向けた。そして実況席の吉田さんを見上げて、力いっぱいに拍手を贈った。吉田さんはみんなに手を振ってくれた。吉田さんは笑顔で、だけど泣いているようだった。
吉田さんは「実況は照明係なんです」と言う。「騎手を男前にする実況をしたいんです」と言う。9万回程のレースを語り、実況の神様と呼ばれても、「僕はまだ足りないんです」と言う。表彰台で騎手にマイクを向ける吉田さんは、まるで恋する乙女のような表情を浮かべる。
吉田さんは64年間ずっと、競馬にときめいていたのだと思う。
吉田勝彦アナウンサー。約9万レースの実況を務め、ギネス世界記録に認定された
お正月名物のハンデ重賞・新春賞は、何度か現地観戦したことがある。たとえば2012年の新春賞。
“外から6番クールフォーマ、クールフォーマも追い上げてきた、これが先頭に並ぶ、かわすのか、かわすのか、ホクセツサンデーと、そしてクールフォーマ、馬体が合った、並んだゴオオオオオオオルイン! いま三野騎手の右手が上がりました!”
吉田さんの熱い実況と共に、12年ぶりに重賞制覇を果たした三野孝徳騎手(当時)の笑顔が浮かんでくる。新年早々バイタリティ全開な馬券オヤジのみなさんが、場立ち予想のよっちゃんの張り上げる声が、ワクワクがほとばしる園田のお正月がよみがえる。
2021年に新春賞3連覇・通算4勝したエイシンニシパ(提供:兵庫県競馬組合)
2022年1月3日の新春賞はどの馬が勝つだろう。兵庫の最多重賞勝利記録「13勝」を保持するエイシンニシパは、新春賞を4勝している(2017、2019、2020、2021年)。もう9歳になるけれど、まったく衰えを感じさせない。新春賞5勝目および4連覇の可能性は高い。
当コラムを書いている時点では新春賞への出否がわからないが、兵庫ダービーと西日本ダービーを制したスマイルサルファーや、JRAからの転入馬シェダルにも注目したい。嗚呼、園田屋のおでんが恋しい!
筆者プロフィール:井上オークス
大学在学中にエッセイコンテストに応募したことをきっかけにライターとしてデビュー。
現在は新聞、雑誌等での執筆活動を中心に多方面で活躍中。
趣味は競馬で全国各地を飛びまわる「旅打ち」。