▲空輸の導入で北海道遠征のスタイルに変化が起こるかも…? (撮影:高橋正和)
昨年の中央競馬では、24の平地GIを美浦、栗東勢が12勝ずつ分け合った。1998年以来、23年ぶりの美浦勢の勝ち越しはならなかったが、重賞でも前年から15伸ばして56勝(栗東84勝)と健闘した。とは言え、年間勝利数では栗東勢が前年から25伸ばして2030勝(美浦1435勝、1着同着9)と東西格差は相変わらずだ。今回は、格差解消策としての競走馬の国内空輸にスポットを当て、九州大大学院でこのテーマを研究してきた清田俊秀氏にお話を伺った。
東京五輪での輸送の舞台裏――延べ約820頭を輸送
野元 他にオリ・パラで感じられたことなどありますか。
清田 競走馬の輸送時間短縮にはやはり、馬運車との連携が必要になってきます。これがオリンピックの時の写真なんですけど。
野元 粗相があってはいけないから。当然、信頼できる人たちを配置してということになりますね。
清田 はい。1機当たりだいたい40頭位積み込んでくるので、日本馬匹は予備車を含めて11台〜13台を稼働させていました。
野元 1機降りるたびに、それくらいの台数が待機していたのですね。
清田 はい。ただ、一日一機しか降りてこないので。
野元 なるほど。
清田 日頃は競馬開催で輸送をされているので、初めての羽田空港の業務でも輸送に関しては非常に慣れておられる。
野元 そうでしょうね。
清田 社長さんがJRA元理事の谷崎潤さんで、取締役が元東京競馬場の場長の柿田清彦さん。非常にオペレーションが厳格で、改善方法のメールが日々、全社員に回ってきて。
野元 なるほど。
清田 今回、大会期間中の1ヵ月半で、日本馬匹として延べで約820頭を輸送したそうです。羽田空港は通常、馬の輸送業務には使わないので。異例中の異例でした。次のオリンピックがない限り、今後の馬匹輸送のためのオペレーションはここでは運用されないと思います。
野元 二度と使わない。
清田 ええ…。当日のオペレーションとして、ベルギーから日本に馬を輸送する具体的な流れがYouTube上にありますので、ぜひ見ていただきたいですね。これは、大会期間中の馬術競技より再生回数が多くて。非常に注目されていました。
野元 馬をこういうふうに運んでますよ、という。
清田 ドキュメンタリー風の作りで。国際馬術連盟(FEI)が制作しました。その時、言われていたのが、エクワインロジスティックス(馬の計画的な輸送とその管理方法)でした。欧州からの9500kmの輸送であっても、切れ目のない輸送管理でした。
野元 なるほど。
清田 日本はまだ輸送という言葉を使いますが、でも欧米はロジスティックスなんですよね。そこの概念の違いが非常に参考になりました。是非、今後は日本にもこの考え方を取り入れたいと考えています。
野元 はい。
清田 一頭一頭、こういう(世界的な競技)馬って常に海外遠征しているためか、扱う輸送会社もそれぞれの馬のことを知っているのかも知れませんが、馬の癖がデータベース化されてて、
野元 すごい。
清田 この馬はこうだから、といった情報が、
野元 組織全体で共有されてるわけですね。
清田 私もそのリストをもらって、日本馬匹のスタッフ側に「この馬はこういう癖がありますよ」と伝えながら海外スタッフチームと日本側で連携を取りながら作業をしていました。
野元 世界のどこかで競技活動をしているから、直接見たことのない馬でも、来る段階では受け入れ側が、「今度来る馬はこういう癖がある」と共有した上で待機しているのですね。
清田 その通りです。データベース化されていて、実際に扱っても、データ通りの馬でした。
野元 だから、作業もスムーズに進む。
清田 と思います。やはり、オリンピックやパラリンピックに出る馬ですからね。日本の競馬でも馬運車会社にデータベースがあると、以前聞いたことがあるんですけど。この馬とこの馬の積み合わせとか。
野元 聞いたことがあります。特定のある馬とある馬は一緒ではダメとか。
清田 そういう部分がシステマティックになっていて、非常に扱いやすい。
野元 何より事故を防ぐって言う意味で。
清田 はい。非常に勉強になりました。話がちょっと逸れてしまいましたが。
野元 でも、五輪の話は、いずれジャパンCに来る馬を東京競馬場で検疫をするという話につながるので。
清田 ええ。今回のオリ・パラでの大規模輸送業務は、私にとって国内空輸のための調査という点では大変勉強になりました。
JRAの年間輸送経費は60億円 コスト圧縮の手段にも
野元 競走馬の空輸の話に戻りますと、東西格差の改善に加えて、私が個人的に考えていた意義が3つくらいあって。1つは、栗東側からすると、空輸にそこまでメリットがあるのかという疑問を持ちそうですが、例えば放牧先に行くケースはあるし、北海道遠征もある。福島もさほどアクセスが良くないですが、福島空港が競馬場から遠いという問題がある。
ともかく、まずそれが1つあり、もう1つは個々の馬に適したレースを選択する際の幅が広がるという意味があると思います。もう1つは、例えば滞在で競馬を使う場合、小倉に行く関東馬が典型と思いますが、あとは北海道。北海道に行く場合、札幌か函館に置いて、長く滞在して何度か使う。札幌や函館は、週を重ねるにつれて頭数が減って来て、連闘の馬も多くなるので、滞在には相応の意味があるようになってはいます。
ただ、輸送なしで競馬を使えるメリットの一方で、世知辛い話ですが、管理コストがかさむ。特にオーナーにとっては、担当する厩舎関係者の方の出張旅費もあってコストが膨らんでいく。
▲北海道滞在は相応の意味がある一方で管理コストはかさむ (C)netkeiba.com
清田 栗東は、栗東インターを基点として高速道路網が発達しています。一方で、空輸によるメリットと言うよりも利用空港としての関空や中部空港へのアクセス時間を考えると、空輸の需要は低いと考えています。更に、航空会社は、不採算路線への投資は出来ませんので、その辺りも今後利用者の意見も聞きながら調査しなければいけない項目だと考えています。
野元 そういう意味で、北海道辺りはそれこそ香港のように、ヒットアンドアウェイの遠征ができれば、空輸は一見、経費がかかるように見えて、実は別な経費を圧縮できる可能性もあると。素人考えで申し上げているのですが、その辺についてどうご覧になっていますか?
清田 空輸のシステムをいきなり説明したので、誤解がないようにお話ししたいのですが、例えば美浦トレセンの馬を全頭空輸するわけではありません。ご存じの通りレース時の輸送費は、JRAが全額負担しています。
野元 はい。
清田 空輸を導入する場合、それを希望する馬主さんや調教師さんは、空輸の追加料金を払って利用するというシステムを想定しています。
野元 選択できるということですね。
清田 そうです、野元さんがおっしゃった経費に関してですが、例えば、美浦では3歳馬が桜花賞などに向かう場合、栗東滞在で向かうことがあります。そこで、栗東に39日間滞在した場合の調教助手さんの出張経費、片道の運賃、手当、調教師さんの定期視察経費等を試算したのですが、想定している空輸の運賃よりも高いという結果が出ました。
あと、補足として別な例えで申し上げると、旅客便のLCCはJALやANAのようなフルサービスキャリア(FSC)と比べて低い運賃が設定されています。それが出来るのは、統一的に比較的小型の機材を使用して、常に高い搭乗率を維持しながら、一定ルートを何往復もします。また、駐機時間も最小限にしています。更に、不要なサービスをしていません。航空貨物にFSCという概念はありませんが、馬匹輸送も貨物版LCCの形態であっていいと思いますし、コスト削減の考え方はそのまま適用できると思います。
野元 なるほど。
清田 あと、JRAの年間輸送経費って…、21年度が約58億円でした。昨年末からの燃油料の高騰を考えると、本年度はもう少し高くなるのではないのでしょうか。
野元 そうですね。
清田 本年度は60億円を超えるのでは、と見ています。陸上輸送費がどんどん上がっていく中で、空輸との差額がどの位になるのか…コロナ前まではその差が縮まってました。
野元 そうですか。
清田 馬運車との輸送費の差が縮まると、空輸のメリットがますます増えてくる。そう考えています。
競馬関係者、航空会社、空港の3者が、三方良しの関係に
野元 なるほど。ところで、空輸となりますと、キャリア(航空会社)が対応してくれないと無理ですね。
清田 そうですね。キャリア側にも競走馬の貨物としての魅力を伝えないといけないと考えています。ただ、現状の陸送のコストを説明すれば、おのずと理解して頂けると思っています。
野元 今までご自身もキャリアと色々と接触して来られたと思うのですが、以前に清田さんから直接伺ったお話として、貨物を創造していく、「創荷」ですか。もともとそういう動きがあった。当時はまだコロナ前でしたが、20年以降はコロナという想定外の状況が続く中で、航空会社も人を運ぶ領域は非常に厳しい状況が続いている。
清田 はい。
野元 そういう中で、いまお考えのような、馬を貨物として捉えて、1つのビジネスとして立ち上げて行こうという気運は、素人考えですが、あっても不思議はないと思うのですが、実際どうでしょう?
清田 まず、日本のキャリアはまだ、競走馬の取扱頭数が少ないためか、何かライオンや熊を運ぶようなかなり特殊な輸送イメージで捉えている方も中にはおられます。大きな会社ですので、その辺のことをご存知の馬術部出身の社員の方などから是非後押しがあれば有り難いです。
そして、比較的小型な機材で馬を輸送出来ることも、実はあまり知られていません。ですから、海外の競走馬の空輸動画などをお見せすると、ええっ…と驚かれることもあります。おそらく、特に国内貨物部門の方々は馬を貨物と捉える機会がなかったのでしょう。
野元 まだなかった。
清田 やはり、今まで馬を取り扱ってきたかどうかという歴史的な部分が大きいと思うのですが…。ベルギーの貨物を中心に扱う比較的小さな空港で、乗馬や競技馬の年間取扱頭数は3000頭以上です。日本全体の空港の10倍に当たります。だから、キャリアの皆さんにもっと競走馬のことや、海外の状況についてお伝えしなければならないと考えています。あとはやはり、今はコロナの時期なので特に国際貨物量が増え、航空会社の貨物部門の売上はかなり増加しています。
野元 確かに。
清田 ただ、アフターコロナを考えた場合、また何かしら荷物を探していかなければいけないという状況になっていくと思います。特に国内貨物は。例えば、航空貨物のメリットである高速輸送といえば、足の早い貨物品、生鮮食品とかそういう類いがあります。ただ、これは季節的なもので、年間の需要の平準化となるとなかなか難しいと思います。
野元 年中(需要が)あるものではない。
清田 だから、うまくスケジューリングしていくと、競走馬は年間通じた需要となるので貨物業界にとって注目すべきものになるのではないでしょうか。
野元 しかも、競走馬は地方競馬にもいますし、まだ育成段階の馬もいるから。いま中央だけで登録馬が9000頭足らずですか。地方はもっと多い。もちろん、輸送にどれだけお金をかけられるかという点はそれぞれと思いますが、需要を開拓していく余地はかなりありそうですね。
清田 はい。なおかつ、コロナ禍前であっても日本にある9割近くの空港が赤字でした。
野元 なるほど。
清田 そういった中で北海道の7空港が3年前に民営化され。国内空港の状況も変わってきています。例えば、北九州空港は、滑走路が今は2500mですが、3000mに延伸される方向で進んでいて…。
野元 そうなんですか。
清田 中部空港は滑走路を1本増やす予定で、成田空港も将来はもう1本増設する計画です。
野元 そうですね。
清田 貨物機の発着枠を確保する上でも、(各空港が)滑走路を増設・延伸している動きは、馬を運ぶ際のダイヤ設定や貨物の集積化による施設の充実にもプラスに働くのではないかと。
野元 そうでしょうね。
清田 最初の話に戻ると、赤字の空港経営、それから国内航空貨物に関するポストコロナを見越して、表現は悪いですが、馬と言う貨物が増える。しかも、ある程度の安定的需要が見込める。
野元 そうですね。1年を通じた比較的安定した需要になりますね、
清田 そういうことで、競馬関係者、航空会社、空港の3者が、三方良しの関係になるのではないかと考えています。
野元 はい。
清田 今まで北海道まで20時間以上かかっていたのが、5時間で輸送できる。大きなリードタイムの短縮です。一見、競馬界にとって地味な出来事に見えるかもしれませんが、実は大きなイノベーションであると考えています。話は変わりますが、1月16日でしたか。中京で4頭立てのレースがあったのは。
野元 はい。
清田 その一方で、下級条件では除外馬が出ているレースもあります。
野元 例えばどこかで除外されて、「小倉に空きがある」という場合でもすぐには突っ込めないですね。
清田 そうです。
野元 もちろん、さすがに空輸ということになると、飛行機の枠が空いていることを確認しないと出馬投票はできないと思うのですが。
清田 そうです。ただ、今はせり市場の売れ行きがいいので、その流れで入厩頭数も増えている。そうすると、ますます除外が増えることも考えられます。
野元 そうですね。JRAは(定期貸付)馬房を減らす作業を進めていますが、登録頭数はむしろ増えてしまっていて。それも結局、馬券が売れているからなんですが。
清田 はい。その中で、中京がいっぱいだから小倉の番組で(空き)を探そうとなった場合…
野元 週半ばに想定出馬表を見た段階で、こっちはいっぱいだけど小倉は空いている、ということになれば。
清田 そうです。想定段階での話です。空輸があると、中京がちょっと難しそうだから小倉で探そうといった動き方ができる。
野元 北海道も同じことですよね。
清田 はい。新潟とか北海道も。(資料を見ながら)2番の競走馬資源の活用っていうのはそういうことです。
野元 私が空輸に個人的に関心を持ったのは、いまおっしゃった2番目の点がすごく大きいと思っていました。
清田 馬主さんやまたは調教師さんであっても、自分の馬を特定のタイミングでどうしても出したい人は、プラスアルファの輸送費を出してもらって行く。待っても構わないという馬主さんは、従来通りの陸送で。
野元 はい。
清田 あと、3番目が、初めにずっとお話ししていた東西格差における地理的格差要因の是正。あと、4番目が、今年度、増額の恐れがある競馬会の輸送費予算についてでした。
野元 はい。
清田 5番目の厩舎労働力の効率化とは、例えば今までなら、小倉に2頭持って行くと…
野元 張り付きで1人は動かしようがないということになりますね。
清田 空輸を使えば1泊2日の出張で帰って来れる。厩舎では今、(標準的な)20馬房で12人の体制となっています。3場開催の場合の出張は、出走馬の状況次第で人の配置も難しくなります。よって、長期滞在は厩舎全体の労働効率を下げるものと考えております。
馬匹輸送分野からの日本競馬の発展のために…
野元 そろそろまとめに入りたいと思います。国内の競馬に限って、空輸についてずっと詳細なご説明をいただきましたが、改めてこの点は強調しておきたい点があればお願いします。
清田 はい。日本の競馬の発展の中で、馬匹輸送はあまり焦点が当てられて来なかった分野でした。そんな中でも、牽馬輸送、貨車輸送、馬運車と時代と共に移り変わってきました。
一方、先ほど触れたアイルランドのヴィンセント・オブライエン調教師のようなイノベーター、ゲームチェンジャーによって競馬そのものの発展はもちろん、空輸の導入も行われて来ました。日本でも92年にJRAによる空輸テストの実施に当たって、推し進めて下さった藤沢和雄調教師や高橋祥泰調教師のような日本競馬のイノベーター・ゲームチェンジャーが勇退されます。私たちは、日本の競馬の発展に尽くされたそのような方々の努力と精神を今後も忘れてはいけないと思います。
野元 ちょうど定年ですね、お二方とも。
清田 本当に残念です。
野元 せっかくそういうチャレンジの芽があったのに、結実をみることなく、30年経って。推進された方も一線を退くという。
清田 その一方で、30年以上続く東西格差状況を是正できる限られた方法の中で、この競走馬の空輸調査・研究を個人的な形で進めて参りましたが、是非、JRAを始め関係各所の皆様からのご理解とご協力を頂ければと思っております。
野元 どこかに芽を残しておいて、またチャンスがあれば、結果につなげていく努力が。
清田 馬産業の一部として、馬匹輸送の将来を見据え発展させて行かないといけない。空輸はその一つであると考えております。今年、日本馬匹が創立75年を迎えて、リーディングカンパニーとして今後、どういう形で馬の輸送分野を発展させて行くか、注目しております。
野元 実現可能性があるかどうかを、もう一度検証していく1つのきっかけになれば、ということですね。
清田 是非、きっかけにして頂きたいですね。まずはその可能性を残していただきたい。
野元 そうですね。ほぼお独りで研究を続けてこられたと承知しているのですが、今後、研究の火種を残して、いずれは大きくしていくために、お考えになっていることがあればお伺いしたいのですが。
清田 この場をお借りして、関係者の皆様に、馬匹輸送分野からの日本競馬の発展のためのチャンスを頂きますようお願い申し上げます。
野元 はい。わかりました。ちょうど2時間たちましたので、この辺で。ありがとうございました。
(了)
清田俊秀
熊本市出身。九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻。国内外の牧場、トレセンにおいて現場と管理業務で実績を積む。2000年代のからの日本馬の主な海外遠征に従事。2014年から競馬東西格差の研究をはじめ、2017年から航空会社と貨物輸送について共同研究を開始。馬匹輸送分野から見た日本競馬の発展をめざしている。
論文等:
『競馬界の東西格差解消への提言-馬匹航空機輸送システム導入に関する一考察-』
『競馬イノベーションに伴う物流業界並びに地方創生への波及効果について-国内初の定期馬匹航空貨物システム導入に関する一考察-』
平成31年度日本中央競馬会振興事業
『日本産馬輸出拡大のための流通コスト低減と国際競争力強化について』
『東京2020オリンピック・パラリンピック大会におけるグローバル・エクワイン・ロジスティックスの役割-羽田空港オペレーションに関するレポート-』