▲サウジCデーで4勝3着1回の大戦果をあげたC.ルメール騎手
日本の競馬界にとってはプレシーズンと言える2-3月に、中東が新たな「鉱脈」として浮上したようだ。今年で3回目を迎えたサウジCデーが2月26日、首都リヤドのキングアブドゥルアジズ競馬場で行われ、日本からはアンダーカードの5戦(全てG3)を含む6競走に12頭が参戦。
世界最高賞金を誇るサウジC(G1・ダート1800m、総額2000万ドル=約23億円、1着1000万ドル=約12億円)に出走したマルシュロレーヌは6着、テーオーケインズは8着に敗れたが、残る5競走で4勝をあげた。G3と言っても芝3000mの「レッドシーターフハンディ」は1着賞金150万ドル(約1億8000万円)で、残る4戦は1着賞金90万ドル(約1億800万円)と価格はG1級。
5戦に騎乗して4勝3着1回の大戦果をあげたクリストフ・ルメール騎手は、4時間で435万ドル(約5億2200万円)の荒稼ぎ。4週後のドバイ国際競走とセットの「中東シリーズ」の確立は今後、中央競馬の上半期の競走体系にも影響を与えそうだ。
3月26日のドバイ国際競走は、日本馬がサラブレッドの8競走で5勝という歴史的な成果を上げた。内訳はG1が2勝、G2が3勝。アルクオーズスプリント(芝1200m)以外の芝3競走で同着(ドバイターフ=DT)を含め全勝。ダートでもゴドルフィンマイルを国内では不振続きだったバスラットレオンが逃げ切り、UAEダービーではクラウンプライドが好位置から抜け出し優勝。
▲ゴドルフィンマイルを逃げ切り勝利したバスラットレオン(c)netkeiba.com
ダートG1は勝ちに届かなかったが、ドバイゴールデンシャヒーンではレッドルゼルが前年に続いて2着に入り、チェーンオブラブも4着と好走。ドバイワールドカップでは前年2着のチュウワウィザードが最後方から追い込んで3着。着順こそ落としたが着差は詰まり、前年よりはるかに強力な米国勢3頭に割って入り、大本命ライフイズグッドに先着する健闘だった。
芝路線での強さは予想通りだが、ドバイシーマクラシック(DSC)で前年のBCターフ優勝馬ユビアーをシャフリヤールが首差抑え、ドバイターフでG1未勝利のパンサラッサが前年圧勝のロードノースと同着。芝G1の「目玉」2頭を相手にあげた勝利は大殊勲だった。日本馬のDSC優勝はジェンティルドンナ以来8年ぶり。
▲ドバイSCを勝利したシャフリヤール(c)netkeiba.com
芝3200mのドバイゴールドC(G2)では、サウジアラビアから転戦したステイフーリッシュが好位置から直線で競り勝って重賞連勝。日本馬は同レース初優勝だった。今回はサラブレッドの8戦に13カ国から113頭が出走。日本馬は22頭で地元UAEの38頭に次ぐ大量参戦だった。5勝に加え2着が1頭、3着が3頭と4割以上が複勝圏内に絡んだ結果が、中東シリーズへの遠征熱をさらに高め、国内の競走体系への影響も大きくなるのは避けられない。
芝のアンダーカードが高額賞金に
3回目を迎える今回、サウジCはG1となり、5つのアンダーカードはG3となった。初回から米国、欧州の一流馬を集めたサウジCのG1は当然として、芝路線は過去2年の遠征馬がやや手薄で、賞金額と不釣り合いな格となった。それでも、主催者側は賞金をさらに上げた。
芝1351mの「1351ターフスプリント」と、芝2100mの「ネオムターフC」がそれぞれ、前年の100万ドルから150万ドルと50%も増額され、1着賞金は60万ドルから90万ドルに。最近の円ドルレートで計算すると、どちらも1億円を超える高額となった。初回の20年は異なるレース名で行われた競走もあるが、1着賞金ベースで見ると、「ネオムターフ」と「1351」が60万ドル、サウジダービーが48万ドル。
22年水準と同じだったのは「レッドシー」と「リヤドダートスプリント」の2つだった。芝3000mという特殊な領域に、最初からこれほど大盤振る舞いをしていたのだが、芝の短距離、中距離戦にも厚く配分し、カーニバル開催としての陣容を整えた。高額賞金の吸引力で出走馬の質が上がれば、前座競走のさらなる昇格もあり得る。
結果を振り返ると、芝は日本勢、というよりはルメールの独壇場となった。乾ききって速いタイムが出やすく、先行馬が止まりにくい馬場状態を読み切り、果敢な先行策に出た「ネオム」「レッドシー」で、いずれも先行策から楽々と押し切った。「ネオム」のオーソリティは、左回りの長距離で崩れたことがなく、今回の課題は2100mへの短縮だったが、マイペースで逃げると後続馬の圧迫を受けることもなく、スムーズに周回。最後まで危なげなかった。ジャパンC2着もあり、メンバーに恵まれての順当勝ちと言える。
ソングライン、ラウダシオン、エントシャイデンの日本勢3頭が参戦した「1351」は、現状の勢いで勝るソングラインが鮮やかに競り勝った。内枠から道中は中位のラチ沿いを追走。3、4コーナーで馬群をさばいて外に出されると良く伸び、先に抜け出した英国のハッピーロマンスをかわし、外から猛追した米国のカサクリードを抑えて首差で勝った。同馬は昨年6月にベルモントで約1200mのG1を勝った実績馬。楽な相手とは言えない中で、「これしかない」タイミングでスパートし、力を出し切った鞍上の好騎乗が光る。
勢いに乗ったルメールは、「レッドシー」のステイフーリッシュでも先行策。同馬は3歳時の京都新聞杯以来、3年10カ月近くも勝ち星から遠ざかっていた。他馬は欧州の長距離路線からの転戦組が主で、ダッシュ力はない。苦もなく先頭に立ち、オーソリティ同様にストレスのない周回の後、直線手前でスパートすると後続を一気に引き離し、前年のアイルランドセントレジャー勝ち馬ソニーボーイリストンに4馬身4分の1差をつけた。
芝の3戦を見ると、2月末という開催時期の影響も大きかったようだ。欧州の芝シーズン本格開幕は4月末から5月初旬で、一線級が2月末にサウジアラビアまで遠征してくることは考えにくい。駒の多い日本勢が資源を分散投入すれば、費用対効果は非常に高くなる。3競走が昇格し、欧州勢の質が上がるとしても、主力はタフな「賞金稼ぎ」系だろう。極端な道悪にでもならない限り、芝の3競走での日本勢優位は動きそうにない。
サウジダービー 連覇止まる
一方でダートG3は変化も感じられた。過去2年、日本馬が連勝していたサウジダービー(3歳限定、1600m)で、米国のG1勝ち馬パインハーストが早めに抜け出し、日本のセキフウ、コンシリエーレの猛追を抑えた。森秀行厩舎の1勝馬で勝てた過去2年と比べ、セキフウは兵庫ジュニアグランプリ優勝、コンシリエーレはカトレアS(東京)勝ちと、明らかに格上だったが及ばなかった。
パインハーストは昨年9月にG1のデルマーフューチュリティS(約1400m)を優勝。ブリーダーズカップ(BC)ジュベナイルは離された5着だったが今回は1番人気。冬場も西海岸やフロリダで、主要レースがある米国は、有力馬が参戦しやすい環境にある。
リヤドダートスプリントは海外初出走のダンシングプリンスが鮮やかに逃げ切って優勝したが、このレースは米国のジノビリが有力視されていて、直前で出走を取り消した。同馬は昨年のBCダートマイルで、ライフイズグッドに離されたものの2着。出ていたら1200mの対応に苦しんだかもしれないが、難敵には違いなかった。サウジCの後を追って、今後、質が上がる兆しも見られた。
▲海外初出走で勝利したダンシングプリンス(c)netkeiba.com
マルシュロレーヌ、テーオーケインズが挑んだサウジCは、地元の伏兵エンブレムロードが優勝。波乱の結果だった半面、日本勢にとっては壁を感じさせる内容だった。国内では頭1つ抜け出した感のあったテーオーケインズが馬群で追走に苦しんだ末8着。リヤドの砂が向かなかったとの解釈も可能だが、国内トップの負け方としては期待外れで、BCクラシック級とはまだ距離を感じさせた。
「中東シリーズ」成立と国内空洞化
今回のサウジCデーの結果は、日本馬の競争力を示した半面、国内の競走体系のあり方に一石を投じた。まず、サウジCで6着のマルシュロレーヌが60万ドル、8着テーオーケインズが40万ドルを持ち帰った事実は重い。同じ路線のフェブラリーSは1着1億2000万円で2着4800万円。
これでも今年から上がったのだが、1ドル=120円ならフェブラリーS2着とサウジC8着が同額に。これでは、ただでさえレベル低下が叫ばれるフェブラリーSがさらに地盤沈下しかねない。19-21年のフェブラリーSの年間レースレーティングは111.75、112.75、112.75と推移しており、今年の暫定値も過去2年と同レベル。GIの地位が危うくなってきた。
また、サウジに遠征した12頭中、5頭は1戦で帰国したが、7頭はドバイに移動。さらに3月15日にはドバイに新たに16頭が渡航。転戦組のコパノキッキングが骨折で戦列を離れたが、国際競走当日はワールドカップとサラブレッドの走るアンダーカード7戦の計8競走に22頭が参戦。2-3月の「中東シリーズ」に、計28頭が走ったことになる。
いくら日本馬の層が厚いと言っても、これほど大放出すると国内の競走の空洞化は避けられない。一方で、4月末の香港のクイーンエリザベスII世C当日は、オミクロン株の感染拡大で主催者側が外国馬の受け入れ断念を表明した。ただ、日程的に大阪杯に回る馬はそう多くない。日本には5月に2000-2400mの適鞍がない。3200mの天皇賞・春の存在が足かせとなり、柔軟に対処できない現状が大きな問題である。
「日本馬が出て行くなら海外発売で対処すれば」となりそうだが、話はそう単純でない。まずサウジCの場合、アンダーカードも含めて、農林水産大臣が指定する発売対象競走に1つも入っていない。加えて、アンダーカードの一部がG1に昇格するとしても、まだ先の話だ。「喜ぶのは(賞金を稼いだ)関係者だけ」という状況がしばらく続く。
ドバイも賞金額を一部復元
「中東シリーズ」の第2幕となるドバイ国際競走は、サウジCと明暗が分かれた。コロナ局面初期の20年に、サウジCは際どいタイミングで無観客ながら中止を免れたが、ドバイは6日前に中止決定。昨年はアンダーカードが賞金削減の憂き目に遭った。
だが、今年は20年の設定水準に届いていないものの、7競走で軒並み賞金水準を復元。ドバイシーマクラシック(DSC)が総額600万ドル、ドバイターフ(DT)が 500万ドルと、20年以前の額に戻った。日本勢23頭中、DSCが5頭、DTが3頭を占める。芝3200mのG2、ドバイゴールドCも、75万ドルに下がっていた総額が100万ドルとなり、日本からは6年ぶりにステイフーリッシュ、ヴェローチェオロが出走。ただでさえ手薄な天皇賞・春のフィールドも食われかねない状況だ。
ただ、賞金を一部復元したものの、ドバイの状況は必ずしも好転したとは言い切れないようだ。ドバイ経済は08年のリーマンショックで打撃を受け、メイダン競馬場の整備計画が遅延するなどの影響が出ていたところに、コロナ禍による20年の開催中止が追い打ちをかけた。
当時は日本だけで20頭が現地入りしており、世界各国での馬券発売による手数料収入が消えた分、輸送などの経費が重くのしかかっている。ドバイの競馬をリードしてきたムハンマド首長は推定70代半ば。中長期的には後継問題が王族と競馬の関係にも影響する可能性もある。その意味で、中東シリーズが国内の競馬カレンダーに定着するか否かを見極めるには、もう少し時間が必要だが、現時点で見える影響だけでも、競走体系に変化を迫っていることは間違いない。
(文中敬称略)
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