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【善臣騎手→小林淳一教官へ】「若い子には“そーっと”伝える」今の時代の指導論と自身のセカンドキャリアについて

  • 2023年07月24日(月) 18時01分
soudanyaku

▲相談役ならではの若手騎手との接し方とは?(撮影:小金井邦祥)


JRAが誇る最年長ジョッキーで、日本騎手クラブの“相談役”を務める柴田善臣騎手。ファンからも競馬関係者からも信頼の厚い善臣騎手が“相談役”として、皆様のお悩みや質問に、自らの体験談を織り交ぜながら答えていくリレーコラムです。

今回は、競馬学校・小林淳一教官への回答編。おふたりは騎手時代から家族ぐるみで親交があり、相談役は小林教官の指導者としての適正を早くから見抜いていたそう。

競馬学校の1期生であり現在最年長騎手でもある相談役が、若手騎手や自身のセカンドキャリアについて回答します。

(構成=netkeiba編集部)

キャンプ→調教→キャンプ…仲が良かった現役時代の思い出


──今回はJRA競馬学校の小林淳一教官からの相談です。

相談役 おお、頑張ってるみたいだね。立派な仕事だし、えらいなと思いますよ。

──かつては後輩のジョッキーでもありました。当時の思い出として相談役の家へ遊びにいった話をされていましたよ。

相談役 そんなこともあったね。俺がよく覚えているのは新潟滞在の時に、すぐ近くにある「島見浜」って場所で土谷(智紀)と郷原(洋司)と4組の家族でキャンプをしたこと。朝になるとテントから競馬場に行って調教をつけて、またテントに帰ってくるの(笑)。面白かったなぁ。

──ジョッキーを引退して、競馬学校の教官に転身する決心をした時も、相談役にはいち早く伝えたとおっしゃっていました。その時のことは覚えていますか?

相談役 もちろん。成績だったり、生活のことを考えての決断だから仕方がないと思ったのと同時に、セカンドキャリアが教官というのはいいなと思ったね。

──どうしてですか?

相談役 性格が教官に向いていると思った。まず優しい。それからマジメでよく考えてから行動するタイプ。ジョッキーは結構、思い付きで行動するのも多いけど(苦笑)、彼はそういうタイプじゃなかった。あとは周りの話をよく聞く“耳”も持っていたね。それでいて後輩などにもしっかり指導できる責任感もあった。だから適任だと思ったよ。

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▲模擬レースのため東京競馬場に臨場した小林淳一教官(C)netkeiba.com


「完全に即戦力」高い技術を持った競馬学校の卒業生たち──


──そんな小林教官から4つの質問が来ています。(※こちらの4つの質問ですが、一つ目は小林教官からのご質問、二つ目以降は小林教官と編集部が事前協議をし、編集部の要望も踏まえた内容となっております)

相談役 4つも!? 色々と悩んでるのかな(笑)。

──まずは近年、競馬学校を卒業してトレセンに来たばかりの子たちにはどのような印象をお持ちですか?

相談役 みんな馬乗りは上手いよね。調教も競馬もきっちり乗るし、注意したことも言えば修正できる。完全に即戦力だよ。

──相談役は競馬学校の1期生ですが、当時と比べても上手ですか?

相談役 比較にならないよ(笑)。まず学校生の頃から乗っている馬のレベルが違う。今はみんなちゃんとした馬に乗って練習してるけど、俺の頃は乗馬用の馬だからいくらモンキー姿勢で乗っても動かない。

 それどころか気性の悪い馬も多くて、走ることじゃなくて人間を落っことすことを考えているような馬ばっかりだった(笑)。そういう意味で今は騎乗技術を磨くのに恵まれた環境だし、学校の指導もうまくいっているんじゃないかな。

──2つ目の質問です。今の若い子と接する時に、どんなことを心がけていますか?

相談役 あまり接する機会は多くないんだけど、気になったことがあったら“そーっと”伝える感じかな。

──“そーっと”なんですね(笑)。どうしてですか?

相談役 その子の性格とかが分からないから。にもかかわらず“ガーン”と話しかけたら、相手に構えられてしまって、本当に伝えたいことが伝わらないかもしれない。だから言葉や話し方は気をつけてる。

──どういうことを伝えるんですか? レース中の動きとかでしょうか?

相談役 もちろん、それもある。でも他にも色んな話が自分には入ってくるわけ。相談役だから(笑)。

──例えば?

相談役 生活面とかさ。「◯◯騎手が◯◯でしたよ」とか。社会人としての態度というか、常識というか…。

──そういった話も耳に入ってくるのですね。

相談役 この前のスマホ持ち込み問題もそうだけど、ちょっとありえないよ。

──やはり騎手会としても問題に?

相談役 当然。今回やったのは一部の子たちかもしれないけど、世間はそうは思わない。ジョッキー全体のことと思われても仕方ないんだから。

 さっき「馬乗り“は”うまい」と言ったのも、そういう部分。プライベートというか、人間的な部分については首をかしげてしまうような話をよく耳にするから。とくに最近はね。

──しかし先ほど相談役も若手と接する時は“そーっと”とおっしゃっていました。競馬学校の教官たちも若い生徒たちへの指導は難しいのではないのですか。

相談役 そう思うね。今は生徒に手をあげるなんて、もってのほか。怒鳴ることすらクレームの対象になるみたいだから。で、そういう状況は競馬学校に入る以前の小学校とか、中学校から一緒みたいなんだよね。“時代”という言葉は使いたくないけど、今は教える側にとって大変であることは間違いない。

 今回のスマホ問題については、俺たち騎手会もそうだし、免許を与えているJRAも一緒になって考えるべき事案だと思う。起こったことは仕方がないが、それで終わりにしないで何かを学ぶ必要があるよね。学校としては今後の指導に生かすべきだし、騎手会としても競馬の根幹に関わる重大な問題であると、すべてのジョッキーに周知徹底しなければならない。そしてJRAは問題が起こった時のペナルティが適当であるのかを、改めて見直してもいいんじゃないかな。

“意外(?)”な相談役のセカンドキャリア


──話がそれましたが、3つ目の質問です。自分たちの新人時代と、今の子たちではトレセンなど周囲の環境がどう違うと感じますか。

相談役 全然違うよ。俺たちの頃はまず師匠がいて、兄弟子がいて、かなり上下関係が密接だった。馬集めも自分でやってたから、よその先生とか厩務員さんとか、横のつながりも広かったよね。

 大変ではあったけど、そこから学ぶことも多かった。それに対して今の若い子たちは同世代のつながりが強くて、馬はエージェントが集めてくれるケースが多い。でも同世代は単なる仲間だし、エージェントはあくまでビジネスパートナー。教育係ではないよね。そういう意味で最近は昔に比べて周囲との人間関係が希薄に感じる。

 現状がすべて悪いと思わないし、時代なんだろうけど、さっき言ったような問題が起こってしまうと、本当に今のままでいいんだろうか…とは考えてしまうよね。

──それでは最後の質問です。騎手のセカンドキャリアの幅は決して広くないですが、相談役は競馬学校の教官に興味はありますか? また何か描いているキャリアはありますか?

相談役 教官ねえ…。面白そうだけど、俺には難しいかな。だって小林教官のように俺はマジメじゃないもん。どっかで弾けて飛んでっちゃうかもしれない(笑)。セカンドキャリアも考えたことないなぁ。とにかく毎週、周りに迷惑をかけないように体のメンテナンスをしっかりやって、納得いくまで乗れればと思っているから。

──ファンにとってはうれしい言葉です。

相談役 今はひと鞍、ひと鞍、向き合って乗るのが楽しいんだよね…。

 あ! もしかしたら今の自分こそがセカンドキャリアの真っ最中なのかも。

──どういうことですか?

相談役 ええと…例えば傘を作ることに例えよう。以前のリーディングを争ってた頃の自分は、機械をつかって傘を大量生産してたわけ。数は多いけど、ある意味で流れ作業だよね。

 でも今の自分はひとつひとつ、手作りの傘を丁寧に仕上げているの。もちろん数は多くないよ。でもひとつの傘…1頭の馬と向き合って、研究してレースに乗る日々は、昔とは違った楽しさがある。そんな感じだね。

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▲スマートリアンとのコンビで7月16日の福島テレビOPを制し、JRA最年長勝利記録を更新(撮影:小金井邦祥)


(文中敬称略)

1966年7月30日、青森県生まれ。元調教師の柴田政見、柴田政人、元騎手の柴田利秋が叔父にいる競馬一家。1985年にデビュー。同期は須貝尚介、武藤善則、石橋守ら。JRA騎手としては初となる黄綬褒章を受賞。1993年、ヤマニンゼファーで安田記念を勝利しGI初制覇。2005年から2010年まで日本騎手クラブの会長を務め、退任とともに相談役に就任。勝つごとにJRAにおける最年長勝利記録が更新されていくレジェンド。

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