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サプライズとエンタメ

  • 2022年12月08日(木) 12時00分
 先週、月刊誌「優駿」の取材で福島県のノーザンファーム天栄に行った帰りに、須賀川市の神炊館(おたきや)神社を訪ねた。室町時代に須賀川城主の二階堂為氏が信州諏訪神を合祀したことから「お諏訪さま」としても親しまれている、由緒ある神社だ。慶長3(1598)年、現在の諏訪町に遷宮されたという。

 松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中に参詣したことでも知られている。

熱視点

神炊館神社の参道脇にある奥の細道碑。芭蕉は元禄2(1689)年、須賀川に8日間滞在したとき参詣した。



 アクセスのいい市街地にあるのに、境内は静かで、参道も社殿も空気もとても綺麗だ。

 といっても、観光に来たわけではない。ここで禰宜をしている須田智博さんが、今年の「優駿エッセイ賞」でグランプリを受賞したので、ご挨拶に来たのだ。同賞の選考委員は、作家の吉永みち子さんと大崎善生さん、優駿編集部の山上昌志さん、そして私がつとめている。

 たまたまここ神炊館神社が、ノーザンファーム天栄と、レンタカーを借りた郡山駅との中間くらいにあるので、同賞の担当でもある編集者のT氏が「せっかくだから寄りましょうか」と提案したのだった。T氏は受賞に関して電話やメールで須田さんと連絡を取り合っていたが、私はお会いしたこともお話ししたこともなかった。

 奥の細道碑の前に立った私は、冷たい空気にここが東北であることを実感しながら、1時間ほど前、天栄で取材を終えたときのことを思い出していた。

「先方へは何時に行く約束なの?」

 急ぐ様子もなくレンタカーの運転席に座ったT氏に私は聞いた。

「特に連絡はしていません」

 ナビに神炊館神社の住所を入力しながら、平然と答えた。

「じゃあ、サプライズになるのか」

「そういうことになりますかね」

 今度は少しだけ笑った。だいたい、こんな感じの男なのだ。一緒に仕事をして10年以上になるが、彼が大きな声で笑ったり、怒ったりしたところを見たことがない。

 須賀川の市街地に入ってから昼食をとる店を探し、なかなか雰囲気のある構えの「かまや食堂」に入った。注文したのは、中華そばの温玉トッピング。鰹出汁とおぼしきスープが焦がし醤油風で香ばしく、びっくりするほど美味かった。

 それから神炊館神社に来て、まずは社殿で拝礼した。

 もし須田さんがお休みだったら、これで帰るしかない。と思っていたのだが、御守授与所にいた女性に訊くと、いらっしゃるとのことだったので、取り次いでもらった。

 待っている間に、T氏がカバンからゴソゴソと何やら取り出した。

「せっかくだから、島田さんから渡してください」

 賞状の入った筒だった。突如、出張表彰式になるとは、私にとってもサプライズだった。ワンペースな話し方のせいでわかりづらいだけで、T氏はサプライズで人を喜ばせるのが好きなのかもしれない。

 社務所から出てきた須田さんは、ただ「来客」としか聞いていなかったのか、少し不思議そうな表情をしていた。私たちをセールスマンか何かと思ったのかもしれない。

 T氏と私が名乗ると、須田さんはとても驚きながら、喜んでくれた。

熱視点

須田智博さん(右)と私。社殿の前で出張授賞式(撮影のときだけマスクを外しました)。



 こうして受賞者に直接賞状を渡すことができたのは、私が選考委員になった2014年以来だ。そのときは、ジャパンカップの日に東京競馬場で、ご存命だった古井由吉さんが、グランプリを受賞した中島龍太郎さんに手渡した。

 中島さんは高野山の僧侶で、須田さんは神炊館神社の禰宜である。神仏がつないでくれた縁ということなのだろうか。

 須田さんの受賞作「カラリング競馬」は、発売中の「優駿」12月号に掲載されている。

 東日本大震災が発生した2011年に神社を訪ねてきた盲目の若者とのやり取りを描いた原稿用紙10枚弱の作品だ。目の見えない人がどんなふうに競馬を楽しむのかという話に引き込まれていくうちに、馬の毛色や騎手の帽色や芝の緑などで2人の言葉が彩られていく。そして最後に、震災と原発事故で地図から真っ白に消されたような福島と、若者の持つ白杖と、10年後の桜花賞を勝つソダシの「白」が重なる。

 プロ顔負けの筆力である。上手いのに技巧に走りすぎず、丁寧に作品世界を展開させていくので、嫌らしさがなく、読後感もいい。おかしな表現になるが、気持ちよく感動させてもらった。

 この賞は、昔の天皇賞と同じく「勝ち抜け」なので、大賞を獲った人は、もう応募できない。

 それをわかっていても、またどこかで須田さんの書いたものを読んでみたい。そう思わせる、素晴らしい作品である。

 グランプリの賞金は50万円。2作選ばれる次席でも10万円。私もほしいぐらいだ。

 賞金目当てのギラギラしたものでも、好きな馬や騎手へのラブレターのようなものでも、馬券自慢でも、逆にトホホ話でも、馬や競馬を題材としたエッセイであればどんなものでもいいので、この稿を読んでいる方にも、ぜひ応募してもらいたい。

 実は、須田さんと写っている写真で私が手にしているマフラーを、後日、テレビの取材でお邪魔した作家の吉川良さんのお宅に忘れてきてしまった。それを吉川さんが私に送ってくださったのだが、何枚もの絵はがきを便箋の代わりにし、「イ」「ロ」「ハ」……と順番を記した書簡が同封されていた。手に取るだけで楽しいし、読んでいると幸せな気分になる。揚げ菓子まで同封してくださり、「『ハ』のよわいヒトは、お気をつけ下さい」とメッセージを記した絵はがきが、パッケージに貼り付けられている。やり取り自体がエンタメになっており、楽しい交友録を何十年にもわたって書きつづけられる理由の一端を垣間見た気がした。

 それにひきかえ、私は面白みのないことしかできず、遊び心がない。とはいえ、この年齢で無理をしても見苦しいだけなので路線変更はしないが、人を楽しませること、喜ばせることも、物書きの大切な仕事であることを忘れないようにしたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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