トウカイテイオー
◆不死鳥のごとく甦り、ファンに感動を与えた帝王 史上空前の競馬ブームを巻き起こしたオグリキャップが、有馬記念で劇的な勝利を飾って引退したのは1990年暮れのこと。ブームが下火になるかと心配されたが、この国民的ヒーローが抜けた穴をみごとに埋めてくれたのがトウカイテイオーだった。
血統的には下克上の時代。どの血統にも、どの牧場にも、どの騎手にも、どの調教師にもチャンスがあり、夢があった。血統も人もみな個性豊かで、そこに人知を超えた波瀾万丈のシナリオがあり、ファンを魅了する演出があった。
父は三冠馬のシンボリルドルフ。その初年度産駒になるトウカイテイオーは、オグリキャップが引退する数週間前にデビュー。連戦連勝の快進撃を続けて、父と同じく無敗で皐月賞、日本ダービーの二冠を制した。
その圧倒的な強さから、父子2代の三冠馬誕生は間違いなしと思ったものである。ところが、日本ダービーの表彰式を終えて間もなく、歩き方に異変が生じた。検査の結果は全治6か月の骨折。これにより秋の菊花賞出走は絶望となり、父子2代の三冠馬の夢も絶たれてしまった。
以後、トウカイテイオーは引退するまでに、4度も骨折の不運に見舞われる。強いバネから繰り出されるダイナミックなフォームは、前脚が肩のあたりまで振り上がるほどだった。このため脚が接地する際の衝撃が、他の馬よりも大きかったのである。管理していた松元省一調教師は取材でこう話している。
「ボクシングにたとえるなら、ハードパンチャーほど拳のけがが多いのと同じ。でも、このダイナミックな走法だからこそ、あれだけの競走成績を残せたのです」
だが、トウカイテイオーは谷底に落ちても落ちても、不死鳥のごとく甦り、ファンに感動を与えた。2度目の骨折に見舞われ、再起をかけた5歳秋のジャパンC。この年から国際GIレースに昇格したこともあり、海外からは英ダービー馬2頭(クエストフォーフェイム、ドクターデヴィアス)、英二冠牝馬(ユーザーフレンドリー)、豪州年度代表馬(レッツイロープ)ら数多くの一流馬が押し寄せた。
ジャパンC史上最強のメンバーだったと言っていい。ここで並み居る外国馬を退け、1985年のシンボリルドルフ以来7年ぶり、父子2代の日本馬勝利を成し遂げたのだ。その後またしても骨折。長い長い療養生活に入り、やっとのことで復帰したのは1年後の有馬記念。これだけの長期休養をはさんでGIを勝つなど、当時の日本の競馬常識では考えられないことだった。
しかし、トウカイテイオーは中団からレースを進め徐々に進出。最後の直線で、早めに抜け出したビワハヤヒデと壮絶な叩き合いを演じ、半馬身の差をつけて勝利した。翌日のスポーツ新聞には、「奇跡の復活」の見出しが躍ったものである。
6歳時も現役を続行することになったが、その後、4度目の骨折を発症。“ガラスの脚”の疲労は極限に達しており、ついに引退が決まった。浮き沈みの激しい繊細なヒーローであった。だが、くじけずそのつど谷底から這い上がり、ここ一番の大レースを勝利した。そこに感動のドラマが生まれ、多くのファンが勇気づけられ、励まされたのだった。(吉沢譲治)
◆レース詳細
1993年12月26日
第38回 有馬記念(GI) 中山/芝右 2500m/天候:晴/芝:良
1着 トウカイテイオー 牡6 56 田原成貴 2:30.9
2着 ビワハヤヒデ 牡4 55 岡部幸雄 1/2
3着 ナイスネイチャ 牡6 56 松永昌博 3.1/2
◆競走馬のプロフィール
トウカイテイオー(牡6)
父:シンボリルドルフ
母:トウカイナチュラル
騎 手:田原 成貴
調教師:松元 省一(栗東)
馬 主:内村 正則氏
生産牧場:長浜牧場
※年齢は当時の旧年齢表記
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