札幌2歳Sまで成長を見守りたいタガノアシュラ&松永康晴助手の異彩コンビ/トレセン発秘話
◆人も馬も“駒”になるシビアな時代
「今まで世話になったね。オレも9月で定年や。どこかのヘルパー(臨時採用)として再び会えればいいけれど…」
全休明けの2日。函館競馬場・中内田厩舎の馬房前で原園講二厩務員が、しみじみとした口調で当方に別れを告げてきた。
原園さんといえば、日本馬でジャパンカップ初制覇(1984年)を遂げたカツラギエースを担当した腕利き厩務員。もっとも当方が知り会ったのは、担当馬フィールドベアーが函館記念に挑戦した2008年(2着)から。同厩務員が発する言葉は馬への愛情、プロとしての矜持に満ちており、話を聞いただけでいつも得をした気分にさせてもらった。
言うまでもなく世話になったのは、毎夏取材するこちらである。しかし、その恩人に対し素直に「お疲れさま」の言葉が出てこない。それは同厩務員の胸にある切なさも感じてしまうためだ。
「定年後は少しゆっくりするつもり。まだ仕事したい思いはあるが、昭和の厩務員が戻る場所はもうないやろ。馬と散々向き合って、苦労して、競馬をやっと勝つ…。そんな喜びをワシらは味わってしまったんやから」
トレセンにおける“古き良き時代”は完全に過ぎ去ったのだろう。今や人も馬も“駒”になるシビアな時代。技術の伝承は難しく、ホースマンとしてのプライドを見いだすのは容易なことではなさそうだ。当方としても「持ち替わったばかりで正直よく分かりません」のフレーズを何人もの関係者から聞くのは、今夏すでに覚悟の上である。
だが、そんな時代に異彩を放つコンビが今年の函館に現れた。7月10日の新馬(芝1800メートル)でデビュー勝ちを飾ったタガノアシュラと、担当する松永康晴助手である。新馬勝ちして3週間、いまだ放牧に出ず調整される様子を見て、てっきりオープン・コスモス賞(13日=札幌芝1800メートル)にスタンバイと思いきや…。
「いえ、札幌2歳S(9月3日=札幌芝1800m)に直行です。自分も放牧を挟むのかと思っていたら(八木良司)オーナーの意向で滞在で調整してくれと。新馬の後、ほぼ2か月ですからね。責任重大でプレッシャーもありますけど、何とかいい状態で送り出せるようにやっていきたい」
同馬の初陣は1分49秒9のレコードで4馬身差の逃げ切りV。当時を「返し馬で止まらず不安でしたよ。ただ、競馬を使ったことでガスが抜けて今はだいぶ落ち着いているし、ハナにこだわるような馬でもないんです」と振り返った松永クン。大一番まであと1か月、このコンビの成長を見守りつつ、当方もじっくりと取材を重ねたい。(美浦の宴会野郎・山村隆司)