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温泉のマイルールとマナー

  • 2019年09月26日(木) 12時00分
 東西の競馬場やトレセン、北海道の馬産地での取材が一段落した。

 今、新千歳空港のラウンジでこの原稿を書いている。

 書き終えたら、ターミナルビル内にある新千歳空港温泉に行く。そこで汗を流してボーッとするのが、帰京する前の楽しみになっている。

 泉質・成分は、ナトリウム―塩化物泉。ph8の弱アルカリ性だ。効能は「神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、痔疾、慢性消化器病、慢性皮膚病、病後回復期、疲労回復、健康増進、虚弱児童、慢性婦人病、冷え性、きりきず、やけど」とある。

「痔疾、虚弱児童、慢性婦人病」以外はだいたい私に当てはまる。

 私の感覚的な判定によると、この温泉には湿布効果のようなものがある。40年近く前──高校時代、サッカーの試合中に前十字靱帯を断裂し、再建手術をした私の右膝の状態が、ここの湯に入ると一気に良化するのだ。

 ここ数年、正座をしたり、かがみ込んで草刈りをしたりと、ちょっと負担をかけるだけで右膝に水や血が溜まるようになった。翌朝にはほぼ引いているのだが、夜になるとまた溜まっている。その悪循環を、ここの湯が断ち切ってくれる。

 2年前にわりと大きな病院で右膝を診てもらい、MRI検査も受けたのだが、「関節も軟骨もすり減っています。こういう状態にならないよう早めに手術するのが普通です」と医者に言われた。

 今は別の病院で、ときどき水を抜いてはそのぶんヒアルロン酸を注入しているのだが、それよりも、新千歳空港温泉のほうが私の症状には遥かによく効く。

 食事中の方は、ここから先は読むのをやめるか、食後にあらためて読んでいただきたい。本稿がアップされるのは正午なので、あらかじめお断りしておく。

 さて──。

 人によって温泉に入るときのマイルールがあると思うが、私の場合、入る前に必ずトイレに行って大をする。温泉に浸かっているときに屁をしたくないからだ。

 タオルで前を隠すのと同じように、それもマナーのひとつだと思っている。もちろん、湯に浸かる前に洗い場で尻を綺麗にする。

 タオルで隠すことに関して、堂々と出しているのが男らしいと勘違いしている人もいるようだが、浅田次郎さんも機内誌のエッセイに書いているように、浴場で歩いていると、男のそれは、ちょうど湯に浸かっている人の目の高さになる。

 ──人さまに見せて不快にさせるのは本意ではございません。

 と、自分のためではなく、他人のために隠すべきなのだ。

 新千歳空港温泉には、そのマナーを気にしなくていいところが一カ所ある。

 奥の露天風呂の端にあるベンチの上である。

 本来、ベンチというのは座って休むべきものなのでお行儀はよくないのだが、そこに立って外を向くと、柵越しに国内線ターミナルビルを見渡すことができる。なかにいる人たちの様子もわかる。ということは、向こうからもこちらが見えるわけだが、窓の外の柵の上からポツンと顔を出しているだけなので、怪しまれることはないだろうし、これまで誰とも目が合ったことがない。

 そのベンチは竹とすりガラスの柵のすぐ手前にあるので、柵側からは誰にも見られない。だから、タオルで隠す必要もない。

 腰に手を当て、ターミナルの奥に望む夕張岳とおぼしき山や、その左手の千歳や北広島の遠景を眺めながら、湯に火照った体をひんやりとした風が撫でていくのを感じるのが、この上なく幸せなのである。

 ただ、そうしているときも、自分の後ろには露天風呂に入っている人たちがいるわけだから、先述した、あらかじめガスの元となるものを抜いておくことの大切さがおわかりいただけると思う。

 賢明な読者は、ここまでの話は、馬の温泉の話題や、「準備」、「マイルール」などに関する本題に移るための前置きだろうと予想していたかもしれないが、ただ書きたいように書いたらこうなっただけである。芸のなさをお許しいただきたい。

 10月10日からまた馬産地取材があるのだが、東京(関東)で色々やることがあるので、いったん帰京することにした。

 今週はスプリンターズステークスがある。来週の土曜日、10月5日には草野仁さんの番組の公開収録にゲストとして呼んでもらっており、翌週の9日には、松屋銀座8階イベントスクエアで行われる「大人の流儀 伊集院静展」のレセプションパーティーがある。

 珍しく忙しい日がつづく。

 想像するだけで疲れてきて、早く温泉に入りたくなってきた。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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