▲ソングラインの第一印象は? 林徹調教師にインタビュー (C)netkeiba.com
NHKマイルCで最後の一完歩で交わされるまでは先頭に立っていたソングライン。惜しくもハナ差2着に涙を飲みましたが、レース後の林徹調教師の言葉に鞍上の池添謙一騎手は心が救われたと言います。「東大出身調教師」として開業時に注目を集めた林調教師はあの時、どんな思いでコメントを発したのでしょうか。
「初めて見た時からすごくいい馬だと思っていました」というソングラインの成長過程、そして今週末15日に出走を予定している関屋記念に向けてお話を伺いました。
(取材・構成=大恵陽子)
※このインタビューは電話取材で行いました
小気味がよい走り方と前向きな気性からNHKマイルCへ
――まずはソングラインの第一印象から教えていただけますか?
林徹調教師(以下、林) 1歳の時に預託のお話をいただいて初めて拝見させていただいた時に「バランスが整っていて、すごくいい馬だな」と感じました。
初入厩したのは去年の4月3日の金曜日です。1歳から2歳の春にかけて北海道のノーザンファーム早来さんで育成を進めていただいて、見に行くたびに馬体がどんどん良くなり、2歳4月には入厩態勢が整うくらいまで仕上げてくださいました。
入厩当初の申し送りで「精神面で繊細なところがあり、調教中は少しテンションが高いです」と伺っておりました。まずはトレセンの環境に慣らしてから、翌週の4月9日木曜日からゲート練習を始めさせていただいたんですけども、ゲートの扉を手で開けるとそんなに音はしないんですけど、レース同様機械で開けるとガシャンって音が結構するので、それに対してはビックリしたり過敏に反応したりしていました。
気難しいってわけではないんですけど、まだ精神的に幼くて繊細なところがあるので、馬が納得するまで慎重に慣らしてから進めていかなければいけないな、と感じた印象が残っています。
――新馬戦や2戦目でスタートがゆっくりだったのは、そういった面があったからでしょうか?
林 ゲート試験を受ける前に結構練習して、試験の時はしっかり出てくれたんですけど、特に新馬戦で遅かったのはそのあたりも影響していたのかな、と思います。ただ、将来のことを考えると、メンコなどの矯正馬具で解決するのではなくて、慣らしていって解決したいなというのがありました。
新馬戦の時は発馬が遅れてしまって本当に申し訳なかったんですけれども、その後もゲート練習をして2戦目ではだいぶ改善されて、使うごとにどんどん改善されていっているのかなと思います。
▲「ゲート練習をして2戦目ではだいぶ改善されて…」(撮影:下野雄規)
――2戦目で初勝利を挙げると、続く紅梅Sはスタート一歩目こそそんなに速くはなかったとのことですが、結果的に3馬身差の完勝で、能力の高さを見せました。
林 未勝利を勝った時も強い勝ち方でしたし、紅梅Sは1勝馬で格上挑戦でしたけども、強い相手に強い勝ち方をしてくれて身の引き締まる思いでした。
――となると、桜花賞もワクワクしながら見ていたのでは?
林 一戦一戦大事に使ってきた馬で、最初に申し上げた2歳の春に初めて入厩した時の精神面での繊細なところも使うごとにだいぶ解消されてきていました。レースを使うたびにノーザンファーム天栄さんでじっくり調整していただいている中で、帰ってくるごとにフィジカルだけでなくメンタルもどっしりしてきたな、と感じていて、紅梅Sの時に比べてさらに一段、心身ともに成長が感じられる状況でした。
桜花賞は重賞初出走で初GI。紅梅Sで強い勝ち方をしたと言ってもやっぱり一気の相手強化になるので、楽な戦いにはならないだろうなとは思っていましたけど、楽しみもすごくありました。
――結果的に15着でしたが、その後はNHKマイルCに向かうことになりました。2400mオークスよりもマイルの方が適性もありそうだ、と?
林 お母さんのルミナスパレードが現役時代はダートの短距離で活躍していた馬で、この馬のフォームを見ていてもどちらかと言うと小気味がいいタイプです。
成長するに従ってメンタルもだいぶ穏やかにどっしりとしてきたんですけど、本質的には前向きな気性なので、オーナーサイドともいろいろご相談させていただいた上でNHKマイルCとなりました。
「ご期待に添える走りをお見せすることがご恩へのお返し」
――NHKマイルCは7番人気ながらハナ差2着になり一気に注目を集めたわけですが、送り出す側の手応えなどはどうだったのでしょうか?
林 4月28日の水曜日にノーザンファーム天栄さんから再入厩したんですけれども、レースの疲れもダメージも全くなく、むしろ状態が上向いているくらいの、本当にいい状態に仕上げていただいて送り出してくださいました。
1週前追い切りを4月30日の金曜日に行ったんですけれども、ゾクゾクするくらい状態が良かったです。「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない」と。そういう気持ちが芽生えた中で、無事にレースに送り出すことが調教師の一番の責任だという思いが強すぎるあまり、気持ちの面でちょっと守りに入っちゃったかなとも思います。
――それだけいい状態で迎えたレースは、残り200mで先頭に立ちました。レースを見ていた時はどんな気持ちでしたか?
林 あの…なんか、そうですね、あの…頭が真っ白でした。上手く表現できないですけれども、4コーナーをいい手応えで回ってきて、直線で抜け出した時には「勝てるかも」とドキドキして頭が真っ白、みたいな感じでした。
――勝てそう! と思ったところ、残念ながら最後の一完歩で交わされて2着。レース後に「これだけワクワクできる競馬をしてもらって、池添騎手に感謝しかありません」とコメントをされていました。レース前の状態の良さや、着差が着差なだけに悔しい気持ちも大きかったと思うのですが、実際のところはどんな思いでこのコメントを出したのでしょうか? 池添騎手もnetkeibaTV「謙聞録」で「自分の気持ちを和らげてくれる言葉をかけてくれたんで、そこは救われた部分があった」と話していました。
▲ゴール前のシュネルマイスターとソングライン (撮影:下野雄規)
林 牧場さんでの調整もあって本当にものすごくいい状態で向かうことができた反面、牡馬の一線級が相手でしたから、楽しみな部分もある一方で、そんなに楽な戦いではないだろうなという状況でした。
その中で池添ジョッキーが針の穴に糸を通すような、これ以上ない完璧なレースをしてくださったと思っています。発馬に関して一戦一戦良くはなっていましたけれども、懸念材料のあった馬が、今までで一番と言えるスタートを決めて、スムーズなレースができたと思います。
ドキドキして頭が真っ白になったことも含めて、そういう素晴らしい経験をさせていただけたのは池添ジョッキーの素晴らしい騎乗のおかげですから、自分としてはそういう発言は至極当然のことだと思いました。
うちのスタッフも入厩してから出走までこちらの要望に完璧に応えてくれました。レースから上がってきた時に池添ジョッキーもうちのスタッフもものすごく悔しがっているのを見て、「みんなは完璧な仕事をしたのに、自分が守りに入っちゃったから負けたんじゃないか」って申し訳ない気持ちになりました。
――池添騎手をはじめ、ソングラインに携わる人たちへのリスペクトを感じます。それにしても、頭が真っ白になるほど興奮する経験ってすごいですね。
林 去年の神戸新聞杯でロバートソンキーが3着に来た時も直線で頭が真っ白になりました。あの時も本当に馬の状態にはすごく自信があったんですけども、1勝馬の身での菊花賞トライアルでした。それが、
伊藤工真騎手が完璧に乗ってくれて、「あ、これ菊花賞に出られる!」ってなった瞬間に、頭が真っ白になりました。
伊藤騎手はいまケガをして、復帰に向けてリハビリ中ですけれども、あの時好騎乗をしてくれて感謝していますし、今回の池添騎手にも感謝しています。
――ソングラインは次走、マイルの関屋記念の予定ですね。
林 NHKマイルCの後、まずは馬の状態をチェックさせていただいて、5月14日の金曜日にノーザンファーム天栄さんに移動させていただきました。
ノーザンファーム天栄さんでも引き続きレース後のダメージがないかをチェックしていただき、立ち上げて進めていただく中で、いろいろご相談させていただきながら次走は関屋記念がベストではないかということで、7月16日に入厩して調整させていただいている次第です。
――状態はいかがですか?
林 大事に使ってきた馬で、まだそんなに回数も使っていないので、ガラッと一変というわけではないですけれども、また一段、心身ともに成長したなっていう部分が感じられます。
――今回は初の古馬との対戦になりますね。
林 また新たな壁というか、古馬の一線級との戦いなので、楽な相手ではないことは重々承知はしているんですけれども、この馬もまた一歩成長したと感じられるところもあります。
――改めて関屋記念やその先に向けた展望を聞かせてください。
林 一戦一戦、いい方向に心身ともに成長してきていますし、自分もいい経験をさせていただいています。オーナー様にはこれだけの馬をやらせていただいて感謝しかなくて、ご期待に添える走りをお見せすることが、ご恩へのお返しになるのかな、という気持ちです。
これまで一戦一戦経験させていただいたことをしっかり今回に生かして、古馬の強豪相手ですけど、いい競馬ができたらなと思っています。
(文中敬称略)