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【世界への挑戦】リオパラリンピック出場内定!元調教助手・宮路満英さんの挑戦(1)

  • 2016年03月08日(火) 18時01分
パラリンピック

▲元調教助手の宮路満英さん、狭き門をくぐり抜けパラリンピック出場へ


今年9月に開幕するリオデジャネイロパラリンピック。前回のロンドン大会より2つ競技が増え、178の国と地域から約4350人の選手が参加する予定です。この史上最大規模のパラリンピックで、パラ馬場馬術において日本人で唯一出場が決まったのが宮路満英さん。調教助手として27年の経験の後、脳卒中により競馬界から離れることを余儀なくされましたが、再び馬の背に跨り世界の舞台で戦うことが決定。その挑戦の軌跡を追いました。
(取材・文:赤見千尋、乗馬シーン撮影場所:水口乗馬クラブ)


キャリア27年の調教助手、その人生が一転


 宮路満英さんは、20歳の時に友人と共に北海道の牧場へ行き、その後22歳で栗東トレセンへ。宇田明彦厩舎、森秀行厩舎で27年間調教助手として過ごし、47歳の時に突然脳卒中に襲われた。

「今でも忘れません。7月8日の朝3時半に仕事をしようと厩舎に行ったら、周りから『フラフラしてるで』『ちょっとおかしいから休め』と言われて、大仲に行ったんです。そうしたら倒れたみたいで、そこから記憶がありません」

 幸い命は助かったものの、右手足に麻痺と高次機能障害(失語症、記憶障害)が残った。倒れた当初はいつかトレセンに戻れるだろうと考えていたが、現実は厳しかった。

「一人では何もできなくなりました。それに、話したいのに言葉がなかなか出てこない。トレセンの仲間がお見舞いに来てくれても、ウンウン唸ってるだけで言葉にならないんです」

パラリンピック

▲トレセンに戻りたくても現実は厳しい。そんな苦しい日々を過ごしていた


 障がい者となった宮路さんは、仕事に復帰することが叶わず調教助手を辞めた。当時は何もする気になれず、また何もすることができなかったという。家の中で妻・裕美子さんと2人、ジッと黙って過ごしていたそうだ。

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