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馬が生かされる仕組みを作り、助けられない馬たちの救済を目指して―高知・あしずりダディー牧場(8)

  • 2020年07月21日(火) 18時02分
第二のストーリー

大きなブルトン種の由美子と宮崎さん(提供:あしずりダディー牧場)


馬が、馬との出会いが自分の人生を変えてくれた


 あしずりダディー牧場は、今年で10年目を迎えた。その間オリジナルステップ、セニョールベスト、ナムライナズマらの命を看取ってきた。そして今も、競馬や乗馬から引退してきた馬たちが、あしずりダディー牧場の仲間として過ごしている。

 牧場を立ち上げた宮崎栄美さんは、かつては医師の妻として不自由ない生活を送っていたが、突如“自分は馬をやらなければいけない”という天啓にも似たひらめきから馬との関わりが始まり、徐々に競走馬や乗馬としての役目を終えた馬たちのその後の運命を知った。余生を過ごすことなく消えていく馬たちの命を繋ぐべく、無我夢中で駆け抜けてきた10年だった。

 エステティシャンとして仕事をしていた時代や医師の妻時代の自分は虚像だったと振り返る。

「自分はいったい何者なんだろうと。自分が作りものの張りぼて人形のような気がしていたんですね。医師の妻として医師会のゴルフコンペに出たり、着飾ってパーティーや宴会にも出ていましたけど、会話をしていてもどこか身が入らなくて。そのような世界に長くいましたが、牧場を始めて急に生きている感じがするというか、血が流れている自分というのを感じるようになりました」

 経済的には恵まれていたが、自分の人生を生きていない。宮崎さんはそう思いながら過ごしてきた。だが馬との出会いが宮崎さんを変えた。夫はそんな宮崎さんに自分の力で牧場を運営するよう促した。一時は日々の食べるものにも困るほどになったが、現在は牧場の運営で生活が成り立つようになった。

「贅沢ができるような状態では今でもないのですけど、以前の私よりも今の自分が大好きなんです」

 電話の向こうから、宮崎さんの溢れるエネルギーが伝わってきた。

 当初、牧場運営は長続きしないと思っていた夫は、牧場にはノータッチではあるものの、何も言わずに見守ってくれているという。

「主人は理解というより、諦めでしょうね」

 と宮崎さんは笑いながらも、

「主人が厳しい選択をしてくれたことで、真剣に命と向き合い、必至のやりくりで頑張れましたし、思いっきりどっぷりと牧場経営の厳しさを体験することができました。私もこれが普通の仕事ならとっくにギブアップしていたと思いますけど、可愛い馬の命が私の肩にかかっていると思うと諦めきれませんでした。もし主人が経済的援助をしてくれていたら、今のような考え方は身についていなかったと思います」

 手を差し伸べるだけが愛情ではない。厳しさに形を変えた夫の愛情によって宮崎さんは一層鍛えられ、強くなった。馬たちを受け入れ、見送りながら、困難の中で見事に牧場を成り立たせてここまできたのだ。そして今後、さらに牧場は進化しようとしている。

 まず「NPO法人」から「認定NPO法人」にするべく準備中だ。そして広い放牧地が取れる新しい場所への移転も予定されている。また現在北海道で馬車を曳く調教中のブルトン種の由美子が戻ってくれば、観光コースを馬車が走るようになる。宮崎さんの夢はどんどん形になろうとしている。

第二のストーリー

調教が終われば、由美子が馬車を曳き、観光コースをまわる!(提供:あしずりダディー牧場)


「主人は私がやり切ったと思っているかもしれませんけど(笑)、旅半ばくらいで、私はまだまだこれからなんですよね」

 取材中に発せられた「馬を助けようとするエネルギーや躍動感をすごく感じて、絶対に助かるという確信がある」という宮崎さんの言葉がとても印象的だった。自分にも経験があるからよくわかるが、1頭の馬の命を繋げようとする行為は、ものすごくエネルギーがいるし、探してもどこにいるかわからないケースも多く精神的にも疲弊する。だが宮崎さんには、それに臆せず飛び込んでいき、やり遂げるパワーがある。

 つい先日も、高知競馬で走っていたサバイバルチャンスという馬が、宮崎さんと引き取り先の牧場が中心となってSNS上で寄付金を呼びかけ、命を繋げた。

「このようなことをやりたいと思って牧場を始めたのですけど、当初はさほど力がなかったのでなかなかできませんでした。でも今回はわりあいスムーズにいきましたし、助けたいと思った時に皆協力してくれるんですよね。牧場を10年やってきて、私たちの活動を多少は見てくれている人もいるのかなと思いますよね」

 また前述の由美子も、クラウドファンディングで資金を調達して北海道に送り込むなど、宮崎さんは精力的だ。

 だが今回のコロナ禍で夢の計画は、なかなか進まなかったのも事実だ。そんな最中、連載1回目で紹介したように、牧場にとって初めての重賞勝ち馬ダノンゴーゴーが新たに仲間に加わり、牧場にも良い兆しが見え始めた。

第二のストーリー

ダノンゴーゴーが牧場にきたときの様子(提供:あしずりダディー牧場)


「牧場の最終目標は、虐待や年老いて捨てられた等々、皆が助けられないような馬たちの救済です。そのためには牧場の体力がもっと必要なので、これからは循環型牧場を目指していきます。馬たちが排出する宝の山、つまり馬糞を使って、堆肥の利用や販売、またマッシュルームや自然野菜など、人間の体に優しい商品の販売ルートを作って、馬がそこにいることによって、馬が生かされる仕組み作りをしていきたいです。それによって、馬のお世話体験や観光事業との連携もしていきたいと考えていて、少しずつその取り組みを始めているところです」

 宮崎さんの持ち前のパワーで、引退馬たちが安心して過ごせる場所作りがどんどん進んでいくに違いない。そしてたくさんの馬たちが、南国土佐の風に吹かれてのんびりとした余生を楽しむことだろう。

(了)

※あしずりダディー牧場の取り組みの詳細や今回紹介しきれなかった馬については、ブルトン種の由美子が高知に戻ってきたタイミングでまた紹介する予定です!

▽ NPO法人 あしずりダディー牧場 命の会 HP
http://www.horsetrust-ashizuri.com/

▽ NPO法人 あしずりダディー牧場 命の会 Facebook
https://www.facebook.com/daddyranch/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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