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「普通」のありがたみ

  • 2023年06月15日(木) 12時00分
 ようやくコロナから回復し、これまでどおり仕事ができるようになった。診断されたその日に体温が39度まで跳ね上がったかと思えば、翌日には平熱になったり、また38度を超えたりしたが、喉の痛み以外は4、5日でほぼよくなった。あの眠さといい、よくなったり悪くなったりを極端に繰り返すところといい、やはり、「普通の風邪」ではないような気がする。結局、家人にもうつしてしまい、3日ほどのタイムラグで短期間の病人がいる、という状況になってしまった。

 私は、今でも混んでいる飲食店には入らないし、帰宅したら手洗いうがいはもちろん、電話も財布もカバンもすべてアルコールティッシュで拭うなど気をつけているのだが、それでもかかってしまった。外出時はマスクをしているのだが、マスクというのは基本的に他人にうつさないためのもので、ノーマスクの感染者がいるところに行くと、やはり防ぎ切ることはできないようだ。それでも、他人が吐き出した飛沫に含まれるウイルスを飛沫ごと防御することはできるはずなので、引きつづき、マスクをして出かけるようにしたい。

 スマホの不適切使用で騎乗停止処分を受けていた6人の騎手のうち、今村聖奈騎手が今月13日に金沢で、永島まなみ騎手が14日に名古屋で復帰した。

 今、盛んにピーアールされている「競馬法制定100周年」は、こうして普通に馬券が売られて、ファンが楽しみながら、厩舎関係者に普通に賞金が入るようになったのは100年前に法律の後ろ楯ができてからなので、その節目を祝いましょう、というものだ。

 基本的に博打は御法度の日本で、競馬が堂々とギャンブルとして成立しているのは競馬法があるおかげで、これがなかった時代の関係者は生活に困窮し、廃業に追い込まれた人も少なくなかった。

 あまりに当たり前なのでみなが忘れているが、人様の金を預かって賭け事をしても、そのプロセスが透明で、一切不正がなく、公正であるからこそ、存続が許されているのだ。その「公正競馬」の大前提のひとつが、担い手である騎手の通信機器の使用制限ルールである。

 今でも、たいして悪いことではないと思っている人もいるのかもしれないが、実際にあれは、そこに大人数(と言っていいと思う)でまとめて抵触した、大事件なのである。事の重大さがわかっていたからこそ、永島騎手の父である、兵庫の永島太郎調教師は、すぐに頭を丸めたのだろう。

 競馬法に則った競馬が行われるようになってからも、各地の競馬場で騒擾事件などが相次ぎ、競馬が「競馬賭博」などと呼ばれていた時期もあった。

 そうした時代を直接的、間接的に知る古い関係者のなかには、6人を絶対に許さないという人もいるだろうし、処罰感情のようなものを抱いたままで接する人も少なくないはずだ。

 それだけのことをしてしまったのだから、すべて受け入れて、今週末からはJRAの舞台で、また頑張ってもらいたい。

 今、私は、熱も、頭痛も、関節痛もなく、咳も出ない状態で、ブラブラと外を歩くことができる「普通」のありがたみを満喫している。

 同様に、明日のお米の心配も、カイバの心配も、親戚の子供のおむつ代の心配もする必要がなく、競馬の重要な担い手としてレースに騎乗することのできる「普通」のありがたみを、彼らにも感じてほしい。あえてしつこく繰り返すが、そうして「普通」にしていられるのは、関係者が揃って「公正」を維持すると、天下に誓っているからだということを、忘れないでほしい。そうしなければ、ギャンブルを合法的にやらせてもらうことはできないのである。

 今村騎手は復帰した13日、8鞍に騎乗して3着が最高だったが、永島騎手は14日に名古屋CCピーチ賞で鼻差の1着となり、復帰戦を勝利で飾った。まずはよかった。

 今村騎手も、角田大河騎手も、18日、日曜日のマーメイドステークスで騎乗馬が用意されるようだ。これは「普通」のことではないような気もするが、ともかく、支えてくれる人たちのためだけではなく、自分たちを支えている「公正競馬」を維持するためにも、同じことを繰り返さないようにしつつ、頑張ってほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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