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M.デムーロの勝負勘が好結果に結びついた/桜花賞

  • 2016年04月11日(月) 18時00分


本馬場入場の動きが硬く見えたメジャーエンブレム

 ミルコ.デムーロのここ1番のビッグレースでの勝負度胸と、イタリアの生んだ天才とまで称えられた勝負勘のすべてが爆発したような桜花賞だった。

 ジュエラーの父は、M.デムーロの鮮やかな騎乗によって、あの年のドバイワールドCを勝った「ヴィクトワールピサ」。さらにその父は、M.デムーロとのコンビで皐月賞、日本ダービーを制した2冠馬「ネオユニヴァース」。デムーロの騎乗でもう3代も連続することになったこの物語は、やがて母となるジュエラーの産駒にも、きっと受けつがれることだろう。ジュエラーの活躍によって、この世代が初年度産駒だった新しい種牡馬ヴィクトワールピサの評価は、さらに高まることになった。

 ジュエラー(M.デムーロ)は、チューリップ賞でもマッチレースになったシンハライト(父ディープインパクト)と今回と同じような差し比べになり、一度は抜け出したとみえたジュエラーのほうが、ゴール寸前、外から併せてきたシンハライトに「ハナ」だけ差されている。この時もスタートは良くなかった。後方に置かれるのを嫌ったミルコ(ジュエラー)が押して中団のインにつけて出ると、その外にぴったり並んでいたのがシンハライト(池添)だった。

 ところが、18頭立ての桜花賞でダッシュがもう一歩だったジュエラー(M.デムーロ)は、今度は押して位置を取りに出なかった。「すぐ前にユタカさん(レッドアヴァンセ)がいたのも良かった」(デムーロ騎手)というが、シンザン記念、チューリップ賞を連続して写真判定の2着にとどまったジュエラーの瞬発力を最大限に生かすための、必殺の後方待機だったのである。

 予想された流れは意外に速くならず、前後半のバランスは「34秒8-47秒1」-「46秒3-34秒3」=1分33秒4だった。この点でも、M.デムーロの勝負勘が好結果に結びついている。前後半「34秒6-46秒8」-「46秒0-33秒9」=1分32秒8だったチューリップ賞は、馬場差があるから全体の数字が速いだけでなく、位置を取りに出ると息の入れにくいペースだった。ところが、メジャーエンブレムの加わった桜花賞も、近年の桜花賞のパターン通り、ハイペースにはならなかったのである。形はスローにも近い。

「流れが速くなければ→馬群は一団に近くなりゴチャつく→最後の直線の爆発力を生かすには外に回るほうが有利になる」。こんな机上の推測をデムーロがするわけもないが、ビッグレースになるとM.デムーロに備わる嗅覚が働いたのである。M.デムーロは長年の付き合いで、C.ルメールが、ここ1番のビッグレースで失速の危険を伴うようなきついペースを作って勝負に出るような男ではないことを知っていた。だから、一団のゴチャついた展開になる。外に出せば届く。

 1番人気のメジャーエンブレム(父ダイワメジャー)には、シンハライトやジュエラーに鋭く差される危険はあっても、自身が崩れる心配はない桜花賞のように思えた。パドックの気配も少しも悪くない。ノッシ、ノッシと歩く姿は一段と迫力を加えたように映った。ただ、映し出される本馬場入場を見ていて、隣の記者が「なんか、(動きが)硬いな…」とつぶやいた。実は、わたしもなんとなくそう感じていたのである。

 みんなこの1戦を大目標に細心の注意をはらい、技術の粋を投入して仕上げる。ましてチャンス大の人気馬に落ち度などない。だが、一日で体調が変化することも珍しくないとされる牝馬の春シーズン、まして若い3歳馬である。クイーンCを1分32秒5の驚異的なタイムで独走したメジャーエンブレムには、反動もありえるから、それこそ細心の注意がはらわれ、スキなしの状態に仕上がったのは間違いなかった。ただ、当日の本馬場に入り、返し馬に入ろうとした瞬間、必ずしもなめらかなフットワークとはいえない動きを示す(?)など、それこそ想定外である。

 スタートももう一歩だった。だが、スタート直後にすぐ前にいたのはソルヴェイグ(17着)、アッラサルーテ(18着)であり、そのあと同じように二の足を使って行く気をみせたのはジープルメリア(15着)、カトルラポール(14着)、さらにはメイショウバーズ(16着)である。パトロールフィルムで確認するとメジャーエンブレムの前はガラッと開いている。人気薄の伏兵が押して先行策を取ろうとしたとき、C.ルメールは気持ち、引いたように見えた。引いて2〜3番手ならいいが6〜7番手まで下げたのは、ルメール騎手。大事を取りすぎで、あまりに弱気だった。隣りにいたのは競り合うまでもないまるで格下の相手である。

 6〜7番手のインで我慢することになったメジャーエンブレムは、最初から大跳びの自分の走るリズムに乗れない。これまでああいう位置から差したことはない。メジャーエンブレムは(ルメール騎手も、陣営もみんな)、点火されないままの不完全燃焼だった気がする。

 騎乗技術とかではなく、愛すべき繊細なルメールは、土曜日のミッキークイーンの弱気な騎乗も変だった。「どうとでもなれ…」そういう大胆な立場に立てないのがC.ルメールの一番いいところではないかと思える。最初から、生き方が殺気立っていないのである。

 池添騎手のシンハライト(父ディープインパクト)は、完ぺきに近い好騎乗だったろう。最後の写真判定も態勢不利だったわけではなく、首の上げ下げのちょっと不利に転じた瞬間がゴールの位置だっただけ(約2センチ)である。視界にとらえていた断然人気のメジャーエンブレムは捕まえたが、今回のジュエラーは見えないところに姿を隠していた。

 ジュエラーは、前述の父系に加え、上のワンカラットこそ種牡馬ファルブラヴ(異能の種牡馬)の影響をうけて短距離戦限定だったが、母バルドウィナは仏ペネロープ賞G3など、全3勝が2000〜2100m。その父ピストレブルー(父トップヴィルは2400当時の仏ダービー馬)は、2400mの仏サンクルー大賞典の勝ち馬。ハイトップの父系。欧州タイプのファミリーはもともとスタミナ型に近く、オークスの2400mのほうがはるかに合う可能性が高い。

 シンハライトも、そのファミリーは欧州牝系なので距離延長にはほとんど不安はないが、オークスで巻き返しを図る日程を組んだときのメジャーエンブレムの評価は分かれる。同じ3歳世代の牝馬同士なら、近年、流れの落ち着くオークスの2400mくらいは十分こなせる、と考えられると同時に、血統図の中では距離をこなせる配合であっても、とうとう500キロを超えた体つきは距離延長歓迎とはいえないスピード型にみえること。そのうえ、桜花賞ではこれまで以上にどっしり映ったあたり、あまり距離は延びないほうがいいことを伝えている気がする。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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