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一強のクラシックとコビさんの写真集

  • 2023年04月20日(木) 12時00分
 皐月賞が終わるまで、今年の牡馬クラシック戦線は近年稀に見る大混戦だと言われていた。世代で一番強いのは、桜花賞を後方一気の競馬で圧勝したリバティアイランドではないか、とも。

 ところが、である。ソールオリエンスがとてつもない末脚で前をぶっこ抜き、皐月賞を完勝。「大混戦」を、一気に「一強」のクラシックにしてしまった。

 言い方を変えれば、ソールオリエンスは、皐月賞の310メートルの直線だけで、クラシックの様相を一変させたわけだ。直線に向いたときには、先頭から5馬身以上離れた後方2番手だった。横山武史騎手の左鞭を受けると大外から猛然と脚を伸ばし、突き抜けた。メンバー最速の3ハロン35秒5の上がりタイムは、2番目に速かった馬たちよりコンマ9秒も速かった。

 その30分ほど前、スポーツ誌の競馬特集のデスクと、「これだけ混戦だと、何を核にページをつくればいいのか難しいですね」とパドックで話していたのが嘘みたいだった。

 ここまで劇的に戦力図が書き換えられて「一強」のクラシックになった年が、かつてあっただろうか。

 牝馬クラシックでは、2018年、前年の2歳女王ラッキーライラックの「一強」かと思われていたら、アーモンドアイが強烈な末脚で桜花賞を制して、こちらが「一強」となった。今年の牡馬クラシック戦線と似ている点もあるが、やはりちょっと違う。

 コントレイルが史上3頭目の無敗の三冠馬となった2020年は、サリオスという強力なライバルがいた。コントレイルの父で、2005年に史上2頭目の無敗の三冠馬となったディープインパクトも突出した「一強」だったが、皐月賞の前から誰もがディープが名馬であることをわかっていた。

 ナリタブライアンが三冠馬になった1994年も、ミホノブルボンが春の二冠を制した1992年も、同じくトウカイテイオーが春の二冠を圧勝した1991年も、2005年のディープのときと同じような感じだった。

 しいてイメージが近い年を挙げるなら、オルフェーヴルが史上7頭目の三冠馬となった2011年だろうか。同年3月11日に発生した東日本大震災の影響で、皐月賞は中山ではなく東京で1週遅れて開催された。オルフェは単勝10.8倍で、サダムパテック、ナカヤマナイト、ベルシャザールに次ぐ4番人気。その低評価を吹き飛ばすように直線で一気に抜け出し、3馬身差で勝利をおさめた。今年のソールオリエンスは単勝5.2倍の2番人気だったので、細かいところは異なるものの、本命ではなかった皐月賞でとてつもないパフォーマンスを発揮し、「一強」になった、というところは共通している。

 そういえば、あの年は、オールウェザートラックではあったが、ヴィクトワールピサがドバイワールドカップを日本馬として初めて勝ち、今年はウシュバテソーロがダートのドバイワールドカップを日本馬として初めて制している。

 12年前の今ごろは、まだ震災の被害が甚大で、本格的な復興への動きに入る段階ではなかった。今も、コロナ禍から日常を取り戻す動きが活発になっているとはいえ、まだまだ、歴史的に特異な期間を過ごしているという実感が消えない。そこも同じだ。

 まだキャリア3戦。相手が弱いと言われた京成杯も、一気にメンバーが世代最強レベルへと強化された皐月賞でも、同じように、1頭だけ違う走りをしたソールオリエンスには、オルフェ級の期待をかけてもいいような気がする。

 さて、「コビさん」こと小桧山悟調教師(「桧」の表記はJRAに合わせる)から、素敵なハードカバーが届いた。4月15日発売の『写真で見る 馬を巡る旅』(小桧山悟・著、三才ブックス、本体2000円+税)である。コビさんの「著書」ということになっているが、収録された写真はすべてコビさんの撮影で、114ページとなかなかボリュームのある「写真集」と言うべき一冊だ。

 神馬や祭典競馬の紹介から始まり、26ページには、京都・藤森神社の駈馬神事のひとつ「逆乗り」の写真が載っている。思わず「何これ?」と言いたくなるこの写真では、何と、乗り手が後ろ向きに騎乗している。

 少し進んで、53ページ、琉球競馬「ンマハラセー」のところ。田中勝春騎手によく似た人がいるなあ、と思ってキャプションを読んだら、民俗衣装を着て馬に乗る田中騎手本人だった。

 59ページの「さがら草競馬」のところには、小桧山厩舎所属の新人・佐藤翔馬騎手が子供のころ、プロ顔負けのフォームで騎乗している写真がある。

 そして、76ページから87ページまでは、藤田菜七子騎手が初めて海外遠征に出たとき、コビさんが、サンダウン競馬場、ニューマーケットの厩舎や調教場などで撮った写真が載っている。

 こんなふうに、調教師としては異例の活動をつづけ、相馬野馬追の祭場地など、競馬場以外の場所で会うことも多かった「オンリーワン」の存在であるコビさんも、来春定年を迎える。寂しい。

 ドバイから帰国後、〆切が立て込んでいたり、体調を崩したりして行けなかった、十二指腸のポリープの組織検査の結果を聞きに行ったら、癌ではないので安心してください、と言われた。ただ、このポリープは消えるものではなく、癌になることもあり、だからといって気をつける方法もないので、年に一度くらいは検査をしてください、とのことだった。

 心配してくださった方々、ありがとうございました。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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