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荒尾競馬最終日

  • 2011年12月28日(水) 18時00分
 今年4回目となる荒尾競馬場。これから開催日に来ることができないのだから、何回来たっていいだろう。場内の様子をみると、そんな想いがある人々も多いように思えた。

 現地に着いたのは第3レースの頃。入場口の来場者プレゼントはすっかり終了しており、さらに3紙ある専門紙のうちのひとつが売り切れに! こりゃ場内は恐ろしいことになっているかも……と思いながらスタンドに足を踏み入れる。まずは2階の立食式の食堂を偵察だ。

 うおお〜。階段を登ってみていきなり見えたのが行列。その先はいちばん奥のラーメン店につながっていた。いつもなら待ち時間なんてないのになあ。私はその列に並ぶのはあきらめたが、同行の競馬ファンが食べたいとのこと。しばらくして「待ち時間は30分でした」と報告が入った。この人気ぶりなら荒尾のラーメンはカップラーメン化しても売れるんじゃないかしら?

行列

 さらに場内を巡ってみると、3階の特別観覧席はすでに入場お断りの状況。しかし2階席にはまだ余裕があり、第5レースのときは本馬場入場のあとに自動券売機に並んでも余裕で買える程度の混雑だった。

 それでもお客さんは続々と入ってくる。遅れて競馬場に着いた友人が、さっき売り切れていた新聞を持っていたのを見て、私も正門を出て買いに行った。新聞各社は今日を最後に廃業するのだから、たくさん売らないともったいない!

 そんな場内のワイワイガヤガヤとは関係なく、レースは淡々と進んでいく。しかし検量室周りは普段とは別の空気があった。熊本の地元テレビ4局すべてとNHKが取材カメラを出していて、駐車場には電送車がズラリ。果たしてこのなかの何社が荒尾競馬場のことをわかっているのだろうか?

 と、最後の日の現場ではいろいろな想いが心のなかを行き交ってしまうが、騎手や厩務員さんなどの表情は意外なほどに悲壮感がなかった。賞金が減り、出走手当てが減り、それに伴って預託料も下がっていった現状を時々刻々と実感している皆さん。だからこそ、荒尾競馬がこの時期まで開催してくれたことに対して感謝する気持ちがあるのかもしれない。

「今日で最後だけれど、最後まで調教師の仕事を全うしますよ」

 とは、この日を最後に勇退の形となる平山良一調教師。今後は「隠居」するそうだが、北海道のセリ市などには行くとのこと。つながりのある馬主さんにプロの目で購買のアドバイスをすることなどで、これからも競馬にはかかわっていくようだ。

 そして荒尾所属の13名の騎手は、5名が現役続行で8名が引退。南関東には、吉留孝司騎手(浦和)、杉村一樹騎手(川崎)、西村栄喜騎手(船橋)の3名が移籍。宮平鷹志騎手は北海道に、岩永千明騎手は佐賀に行く運びとなった。引退する8名のうち6名は競走馬育成の仕事に就くそうだ。完全にムチを置くのは尾林幸彦騎手と吉田隆二騎手。それぞれの未来に幸せがあることを祈りたい。

 メインレースの肥後の国グランプリが終了し、ついに荒尾競馬場での最後のレース「さよなら・感謝・荒尾競馬」の時間になってしまった。西村栄喜騎手以外の12名が抽選で決まった各馬に騎乗して挑む一戦。その本馬場入場のときには、観客席の声に騎手が笑顔をみせる場面もあった。そう、こんなときくらいは競馬法を守らなくてもいい。ちなみに単勝オッズは最低人気でも30倍足らずで、全頭買いした人が多かったことが窺えた。もちろん私も単勝馬券を12枚、手に入れた。

観客

 午後3時10分すぎに奏でられたファンファーレからおよそ2分後、荒尾競馬の最後のレースが終了。それぞれの騎手は万感の表情で検量エリアに引き揚げてきた。しかしながら、そこに涙はなかった。そういえば場内でも大半のお客さんが楽しそうにしていたし、過去に見てきた最終日とはちょっと違う雰囲気が感じられた。

 その証拠に、閉場セレモニーで挨拶した荒尾市長に対して飛んだ罵声は3つだけと、上山競馬場での「帰れコール」や益田競馬場での怒号に比べれば平和そのもの。関係者が集まっての花束贈呈、記念写真撮影も和やかなムードだ。

騎手集合写真

 続いて佐藤智久騎手ご夫婦の人前結婚式が始まった。牧師役は平山良一調教師。胴上げも行われ、セレモニーは笑顔に包まれながら進んでいった。

 最後に平山調教師、吉田隆二騎手、岩永千明騎手、牧野孝光騎手が観客に向けて挨拶。そのあとは多くのファンが馬場に足を踏み入れる時間になった。走路を1周する人も多く見られ、甲子園よろしく持参の袋に砂を詰める人も。ゴール前には記念撮影待ちの列が長く伸びていた。

「廃止は残念ですけれどね。でも進んでいかなくちゃ」

 と話してくれた荒尾ホースの峯村記者には、廃止に伴う補償金は回ってこない。でも荒尾に住み続けて失業保険を受け取るという選択肢は取らず、新しい仕事のために転居するそうだ。そう、荒尾競馬の関係者はみんなが前を向いている。終わりは終わりだけれど、明日からは新たな日々が始まる。終着駅は始発駅でもあるのだ。

ゴール板

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『地方競馬に突撃しよう』の次回更新は1/11(水)になります。ご了承の程よろしくお願い致します。

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グリーンチャンネル・中央競馬中継キャスターを経て、4月からは同じくグリーンチャンネルの新番組「競馬ワンダラー」の案内人を務める。そのほかにも生産牧場や育成牧場の取材、執筆、各地の競走馬セリ市の進行役も。3月には単行本「廃競馬場巡礼」を上梓。競馬のよき語り部としての研鑽を積んでいる。

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