“不文律”が消えた函館で増した競馬の迫力/トレセン発秘話
◆小回りならではの駆け引き
“美浦のご意見番”こと国枝栄調教師は、こんな言葉をよく口にする。
「個人的に好みなのは東京競馬場だね。直線が長くてどの馬も力を発揮しやすい。強い馬が強い走りをする。やはりこれが競馬の醍醐味じゃないかな」
ブラッドスポーツの観点からは正論だろう。人気馬が実力を発揮できなければ、レースの持つ迫力自体が薄れてゆく。昨年の函館スプリントS(直線ドン詰まり)で11着に終わったストレイトガールなど、その顕著な例だ。ただ競馬の魅力は、決してサラブレッドの能力のみによるものではない。それを痛感させるシーンを、今年の函館では何度か目撃した。
「ペースをスローに落とし、内心しめしめと思ったけど…勝ち馬に一気に来られてジ・エンド。今年の北海道はあれがトレンドなんですかねぇ」
武藤キュウ舎の阿部洋史助手がこう語るのは、先週日曜(19日)の3歳未勝利戦(芝2000メートル)。担当馬クレオールがハナを切ったレースは5ハロン通過が62秒2。本来なら明らかに先行有利の展開だった。ただ、それを許さなかったのが1番人気ミッキーポーチ。スタートで出遅れ2角までシンガリ追走だったが、ペースが落ちた向正面で一気にマクって3角で先頭へ。そのまま押し切った馬自身も強かったが、鞍上M.デムーロの好判断が何より光った一戦だった。
一方で「もう一歩だったのに」と悔しがったのは土曜(18日)の古馬500万(ダ1700メートル)で、向正面からマクリを打ったオアフライダー(2着)の和田雄キュウ舎・林富士夫助手。「切れる脚がないので、ジョッキー(松田)はひそかにあの形を狙っていたみたいですよ。もし勝てば大波乱(10番人気)でしたね」と渾身の一発勝負を振り返った。
かつて北海道シリーズでは「隊列が決まったらむやみに動くな」という不文律が騎手間の力関係で存在した。だが、それが崩れだしたのは2年前から。今年はアグレッシブな騎乗がさらに増え、小回りならではの駆け引きが随所に現れる。複眼的な展開読みを問う難しさに直面する機会も増えたが、競馬に迫力が増したのは確か。北の大地で奮闘する各ジョッキーには「だから競馬は面白い」とうならせる騎乗を今後も期待したい。
(美浦の宴会野郎・山村隆司)