桜花賞が行われたころ満開だったソメイヨシノが、すっかり葉桜になった。代わってひらいたマツバギクの細い花弁が、日々ぬるむ風に揺れて愛らしい。
特集ドラマ「絆〜走れ奇跡の子馬〜」がNHK総合テレビで放送されてから、もうすぐひと月になる。
原作者というのは、半分関係者で半分部外者のような微妙な立ち位置ではあるのだが、作品づくりを通じて、物語を映像化する難しさと面白さ、そのプロセスの細密さとダイナミックさ、そして何より、映像作品の迫力と素晴らしさを「これでもか」というほど感じさせてもらった。
プロデューサーと監督には「予告」しておいたのだが、燃え尽き症候群になりそうだ。しかも、10代のころから毎年患っている五月病の季節が目前に迫っている。
そんな自分を癒す効果も期待しつつ、可愛らしい若駒に会いに行った。「絆〜走れ奇跡の子馬」で、リヤンドノール役を演じた馬たちである。去年当歳だったリヤン役を演じた彼らは、今、1歳になっている。
「馬たち」「彼ら」という表現に「ん?」と思われた方もいるだろうが、リヤン役を演じた馬は2頭いる。撮影時期が6〜8月の暑い季節だったこともあり、負担がかからないよう分業させたのだろう。
門別・フジモトバイアリースタッドにいる、リヤンドノール役を演じた中間種(左端)。1歳牡のサラブレッド4頭と同じ放牧地にいる。
上の写真の左端に立ち、こちらを見ているのが、その1頭である。先週本稿で紹介した、藤本直弘さんが経営する門別のフジモトバイアリースタッドで繋養されている。クォーターホースの血が入った中間種で、サラブレッドの血は入っていない。
当歳のときはサラブレッドと変わらぬ大きさだったのだが、1歳の春になると、周りのサラブレッドより小柄であることがわかるようになってきた。
左から2番目がリヤン。左端はリヤンと最も仲のいい遊び友達で、父オネストジョン、母オフザリップの1歳牡馬。
写真からおわかりのように、カメラを持つ私に興味を示し、寄ってくる。
「すごく人懐っこい性格で、人間のことが大好きなんです」と藤本さん。
藤本さんは、この中間種を「リヤンドノール」という名で血統登録したという。
秋ごろから馴致を始め、乗馬として、この牧場で過ごすことになっている。
もう1頭、門別の門別牧場にいるリヤン役を演じた馬はサラブレッドだ。父ストロングリターン、母ビービーバカラ(母の父ゼンノロブロイ)の1歳牡馬。母系はウオッカなどと同じ名牝シラオキ、さらに1907年、イギリスから輸入された「小岩井の牝系」のフロリースカツプまで遡る名門だ。
門別・門別牧場にいる、もう1頭のリヤンの子役。
門別牧場代表の門別貴紘(もんべつ・たかひろ)さんは、藤本さんとともに、撮影時、馬の扱い方の指導を担当した。タレントのような男前で、子どものころ騎手を夢見ただけあり、馬乗りの技術もかなりのものだ。
そんな門別さんは、リヤン役を演じさせるとしたら、この馬しかない、と思ったという。
「未熟児で生まれてきたので、しばらく自力で立つことができなかったんです。だから、最初の1週間ぐらいは、ぼくたちが抱えて起こしてやり、哺乳瓶で授乳したり、お母さんの乳を飲ませたりしていました」
普通、未熟児で生まれてきた子馬は助からないケースのほうが多いという。
「でも、この子は生命力が強かったんでしょうね。しっかり生きてくれた。生まれたときから人の手がかかっているので、すごく人懐っこい。それに、うちの牧場で持っている馬なので、リヤン役にぴったりだと思ったんです」
門別さんは、「本当にこのくらいしかなかったんですよ」と、腕で子馬を優しく抱えるような仕草をした。
左が門別貴紘さん。「今、この子は怖いもの知らずです」と笑う。
人間と過ごす時間が長かったせいか、性格は少し変わっているという。
「放牧地に出しても、1頭だけ別行動をとったり、カイバを食べているところを見られると怒り出したりする。ひとりの時間を大切にするんです(笑)。だからといって、他馬を怖がることもない。気持ちがしっかりしているし、弱い子ではないですよ」
今はもう、ほかの1歳馬と同じくらいの大きさになり、健康そのものだという。
母ビービーバカラの初仔。10月ぐらいから騎乗馴致を始める予定。
この馬は、誰にも売らず、門別牧場がオーナーブリーダーとして所有し、競走馬として走らせるつもりだという。
「うちの冠をつけて、エムティーリヤンという名前にして、中央の厩舎に預けたいと思っています。物語と同じように、福島でデビューできたら最高ですね」
順調に行けば、最短で来年の7月あたりには、競走馬エムティーリヤンと福島競馬場で会えるかもしれない。
またひとつ、ホースマンだけが見られる特別な夢を、一緒に見せてもらう楽しみができた。