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【角居勝彦物語】「20年にわたる孤独な戦いは終わりを迎え――次の夢に向けて」/第4回

  • 2021年02月16日(火) 18時02分
角居調教師引退特集

▲『角居勝彦物語』完結編、次の夢に向けて (撮影:桂伸也)


今月いっぱいで引退を迎える角居調教師の活躍をたどる特集。“角居勝彦”その人に焦点を当て、ホースマンとしての半生をたどってきた『角居勝彦物語』(第一部)は、本日が完結編です。

厩舎の土台を作ったシーザリオやハットトリック、最高傑作ウオッカなど、たくさんのスターホースの活躍の裏で、“調教師”稼業の難しさに思い悩んできた日々。そんな20年にわたる孤独な戦いも、間もなく終わりを迎えます。競馬界を去る角居調教師の“次の夢”とは。

(取材・文=不破由妃子)

※この取材はテレビ電話で実施しました。

【第一部】名トレーナー誕生秘話『角居勝彦物語』(2/11〜2/16)
【第二部】関係者たちが証言“角居勝彦のスゴさ”(2/17〜2/24)
【第三部】引退直前、角居調教師からのラストメッセージ(2/25〜2/26)

「究極の攻め」トップランナーであり続けた理由


 思えば、20年にわたる調教師人生の半分以上において、日本の競馬界を代表するトップランナーであり続けた角居。勝負の世界において、これがどれほど難しいことか。筆者には想像することすらできない。そこにはきっと、頂点に立った人だけが知る苦悩があり、そこに辿り着かないと見えない景色が広がっていたはずだ。

「結果が出る仕事というのは、結果を出した人をみんな真似ていく。それはある意味、当然のことだと思いますが、トップに立つと今度は真似をされるのが当たり前になるので、『せっかく結果が出ているのに…』と思いながらも、頻繁にシステムチェンジをしなければなりませんでした。もったいないなぁと思いつつも、崩しにいかなきゃいけない。そういう苦悩はありましたね」

 角居の言うシステムチェンジとは、結果を出すための試行錯誤とはわけが違う。真似されることを受け入れたならば、それを上回るスピードで進化していけばいいという、究極の攻めだ。ここに角居がトップランナーであり続けた理由の一端を見た気がした。

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1964年3月28日、石川県生まれ。JRA栗東所属の調教師。競馬学校を卒業後、中尾謙太郎厩舎及び松田国英厩舎で調教助手を務め、2001年に厩舎を開業。その後、カネヒキリ、ウオッカ、エピファネイアなど多くのGI馬を管理してきたと共に、海外競馬でもデルタブルース、シーザリオ、ヴィクトワールピサなどのGI馬を輩出。

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