スマートフォン版へ

小さい頃はすんごくヤンチャでした 『川須栄彦ジョッキー』第4回

  • 2015年06月24日(水) 18時00分
川須ジョッキーのインタビューも今回で最終回

川須ジョッキーのインタビューも今回で最終回。今回はプライベートな話をしていただきました


川須ジョッキーのインタビューも今回で最終回。子供の頃やご家族のことまで、プライベートな話をしていただきました。川須少年は相当なわんぱく坊主だったようです!
(取材・文/大薮喬介)


(弟はジョッキーになりたいって)思っているみたいなんですよね

――川須ジョッキーは、どんな少年だったのですか?

川須 すんごくヤンチャでした。よく学校に親が呼び出されていましたね。しかも、保育園の頃から(笑)。

――ええっ、保育園の頃から! 何をしたら、親が呼び出されるんですか(苦笑)

川須 昼寝の時間にこっそり脱走したりして、もう悪ガキでしたね(笑)。小学生の時も悪さをするにしても主犯格的な存在でした。ただ、ちょっとやりすぎたというか、「このままだと、友達がいなくなるな…」というところまできてしまって。

――友達がいなくなるって…。

川須 4年生くらいですかね、怖がられて距離を置かれてしまったんです。「これはヤバい!」と気づいて、そこからは一切悪さをしなくなりました。優等生ではなかったですけど(笑)。

――クラスのボスだったわけですね。中学校の頃は野球部に所属していたんですよね、いつから始めたんですか?

川須 小学2年生からです。厳密にいえば、小学校の頃は地域のソフトボールに入っていました。僕のいた町は軟式もあったんですけど、ソフトボールをする子が多かったんです。それで自然と中学校は野球部に入ったんですよね。

――ポジションは?

川須 ショートやセカンドです。最終的にはセカンドでしたね。

――プロ野球選手になりたいと思ったことはないんですか?

川須 それはありましたよ。ただ小学5年の頃だったか、父親に「お前はプロになれないからな」と言われてしまって(苦笑)。最初はそんなことないって思っていたんですけど、野球をやっているうちに「確かに親父の言う通りかもな…」と気づいてしまって。だから、小学校の卒業文集の将来の夢は一応「プロ野球選手」と書きましたけど、実際はそんな気持ちはまったくなかったですね。

――変わったお父様ですね〜。小学生に「プロは無理」って言う親はなかなかいないと思いますよ(笑)。

川須 まぁ、おかげで今はジョッキーになれていますからね(笑)。

――お父様は、今も福岡にいらっしゃるんですか?

川須 今は妹の大学進学もあって関西にいます。

――妹さんがいらっしゃるんですね。何人兄弟なんです?

川須 弟もいるので、3人兄弟ですね。

――弟さんはジョッキーになりたいって思っているんじゃないですか?

川須 それが思っているみたいなんですよね。今、中学1年生なんですけど、最近乗馬を始めたようです。

――お兄さんから見て、ジョッキーに向いていると思います?

川須 どうなんでしょう(苦笑)。ひとつ言えることは僕とはタイプが違います。

――ヤンチャではないと(笑)。

川須 ええ(笑)。優しい性格で、とってもいい子です。乗馬苑のジュニアチームに入ることができると、競馬学校の一次試験が免除になるらしいので、今はそれを目指して頑張っているみたいですよ。

――近い将来、兄弟でレースに乗ることがあるかもしれないんですね。それまでお兄さんも頑張らないといけないですね。今年の夏はどのような予定になっているんですか?

川須 バーベキューをしたいですね、っていうのは冗談です(笑)。また確定ではないですが、おそらく小倉が中心になると思います。昨年の夏は、GIを狙えるような馬に出会えなかったので、今年は2歳馬も含めて、いい出会いがあればいいなと思っています。頑張ります!

キシュトーーク

川須「今年は2歳馬も含めて、いい出会いがあればいいなと思っています。頑張ります!」



【次回のキシュトーークU25は!?】
7月は、松山ジョッキーと中井ジョッキーの登場です! 彼らは日本騎手クラブ関西支部のファンサービス事業委員として活動しています。いったいファンサービス事業委員会とはどのようなことをしているのか? お二人にじっくり伺いました。

元祖「キシュトーーク」のレギュラー陣、国分恭介、国分優作、松山弘平、川須栄彦、高倉稜を中心に、栗東・美浦・地方からも幅広く、これからの競馬界を担うU25の若手ジョッキーたちが登場します!

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング