スマートフォン版へ

感情を封印した「この5年」、そして新たな境地へ──【In the brain】

  • 2021年04月10日(土) 12時00分
VOICE

▲記念すべき初回コラム、他では語られない川田騎手の胸の内に迫る (撮影:桂伸也)


川田将雅騎手の新連載『VOICE』が本日よりスタートします。読者の皆様、改めましてこれからよろしくお願いいたします。

このコラムは隔週の掲載となります。毎回テーマを設けて川田騎手の脳内を紐解いていく「In the brain」と、レース回顧やその月にあった話題をお届けする「月刊 川田将雅」、この2本がメインテーマ。

記念すべき初回は「In the brain」です。この5年、感情を封印し、強い責任感を持って仕事と向き合ってきた川田騎手。しかし、突きつけられた現実で、自分自身が変化することを決意しました。その胸の内に迫ります。

(取材・構成=不破由妃子)

トップに辿り着くために、必要なものは何か


 あるとき、レースやレース後のインタビューなど、自分の過去の映像を大量に見直す機会がありました。昔の映像から順に現在まで見ていくなかで、ふとあることに気づいたんです。

「俺、30歳を境に、まったく笑わなくなってるな」

 その変化は実に顕著で、そこには険しい表情のまま、早口で淡々と機械的に喋っている自分がいました。

 30歳の年といえば、2016年。マカヒキでダービーを勝たせてもらった年です。前年には、約1年半にわたり一緒に戦ってきたハープスターが引退。ダービーを勝たせてもらった意義はもちろん大きなものでしたが、僕にとっては、とにかくハープスターの存在が大きかった。

VOICE

▲▼川田騎手にとって大きな存在だったハープスター (桜花賞優勝時、(C)netkeiba.com)


VOICE

 20代前半の頃は、レースを勝つことがうれしくて、重賞を勝つことがうれしくて、自分のなかから素直に喜びが湧き上がってきました。でも、有力馬への騎乗が増えるにつれて責任もどんどん重くなり、仕事との向き合い方も変わっていき…。

 気づいたときには、感情の大部分を“責任感”が占め、自分の喜びよりも、その馬を勝たせることが何より大事で、勝ってその馬に携わる方たちが喜ぶ姿を見てホッとする。いつしかそれがすべてになっていきました。

 きっかけは、やはりハープスターという馬に出会ったこと。ハープの引退後は、よりそういった思いが強くなり、その結果、笑うことがなくなっていったんだと思います。以来5年間、たくさんの人から指摘を受けました。それ以前から、「目つきが悪い」とか「態度が悪い」とかは言われ慣れていましたけどね(笑)。

 こんな僕でも、「愛想をよくしなければ」と意識していた時期もあるんですよ。普通にしていても「目つきが悪い、生意気だ」と言われてしまうので、若い頃はそれこそ僕なりに気をつけていました。

 でも、あるとき「あなたは無理に笑わなくていい。作り笑いなんてしなくていい」と言ってくださる方がいて。確かそれもハープに乗っていた頃だったと思いますが、そう言っていただいて、すごく心が楽になったのを覚えています。

 こうしてごくごく自然に、どんどん表情が険しくなり、どんどんサイボーグ化して過ごしていたんですが、思うところがあり、今年は機械ではなく人に戻ろうと。

 とはいっても、何かをガラッと変えるわけではありません。これまでは、勝ってみんなが喜ぶ姿を見て「ああ、喜んでもらえてよかったな。自分に与えられた仕事を果たせたな」とホッとするばかりでしたが、今年はそこに僕の個人的な感情も少し乗せて、その輪に一緒に入って、自分の喜びや仕事の楽しさを感じたい、感じてもいいのかなと思うようになったんです。

 なぜなら、この5年間、笑顔が消えるほどに強い責任感を持って仕事と向き合ってきましたが、結果として、一番になれていない。去年も一昨年も、(クリストフ・)ルメールさんに敵わなかったという現実があります。

 でも、僕は絶対に一番になりたい。日本一の騎手になりたくて、ジョッキーになったんです。昨年末、すべてのスケジュールが終わり、2020年を振り返り、2021年を考えたとき、「手が届いていないトップに辿り着くためには、どんな変化が必要だろう」、そう考えました。

 仕事に対してのマインドは、大きくわけて2つのタイプの人がいると思っています。ひとつは「楽しんでやるべきだ」という人、もうひとつは「仕事なんだから楽しめるはずがない」という人。僕の場合は完全に後者で、日々重くなっていく責任感と入れ替わるように、楽しむ気持ちはなくなっていきましたし、感じなくなりました。それが当然だと思っていたし、そのほうがかっこいいとも思っていました。

「表に出している言葉には、常に苦しさが含まれている。子供の頃はただの野球少年だったが、プロとして結果を出さなければいけなくなってからは、野球との向き合い方が違う。だから、楽しい瞬間なんてない」

 これは、イチローさんの言葉です。僕はこの言葉に感銘を受けてきましたし、今も根っこの部分は変わっていません。だから、イチローさんのように結果を出し続けていれば、僕はマインドを変えることはなかったと思います。継続することも大事ですが、結果が出ていない以上、変化を求めるのは当然こと。僕にとって、今がその時期だという結論です。

 一番かわいがっていただいている(福永)祐一さんは、「自分が楽しまなきゃ!」というスタンスで、最近はとくに、ジョッキーという仕事を心から楽しんでいらっしゃる。ルメールさんもまた、いつも本当に楽しそうです。そんなおふたりの影響も、間違いなくあります。

 ダノンザキッドがホープフルステークスを勝ってくれたことも大きいです。迷惑ばかり掛けてきた師匠と安田隆行厩舎に、やっと騎手としてGlのタイトルを届けることができました。あまりいい表現ではありませんが、キッドに積年の心の重しを取ってもらい、いろんな意味で本当にやっと解放された気分です。

VOICE

▲大きな勝利となった、ダノンザキッドのホープフルステークス (撮影:下野雄規)


 このマインドの転換がマイナスに働く可能性も大いにあるし、どんな結果に繋がるかはまったくわかりません。でも、なんでもトライしなければ始まらない。些細なことですが、最近は勝利ジョッキーインタビューでも、ゆっくり話し、柔らかい表情での受け答えを意識したりしています。はい、ちょっと無理しています(笑)。

 こうしてコラムも始めましたし、僕の変化や挑戦を通して、競馬をより楽しんでいただけたらうれしいです。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング