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【金鯱賞回顧】本来の姿にはほど遠い状態で5馬身差の圧勝──プログノーシスがもたらした「驚きと自信」の舞台裏【月刊 川田将雅】

  • 2024年03月21日(木) 18時03分
“VOICE”

▲プログノーシスとともに金鯱賞連覇を果たした(撮影:高橋正和)


去る3月10日、中京競馬場で行われたGII金鯱賞。2着のドゥレッツァに5馬身差をつけてゴール板を駆け抜けたのは川田将雅騎手とプログノーシスのコンビでした。

目の覚めるような快勝とは裏腹に、「本来の彼の姿にはほど遠い状態」と川田騎手も語るほどコンディションが整わなかったというプログノーシス。そんなそんなシビアな状態からの圧勝劇にはどんな背景があったのでしょうか。

後半には“世代最強20期生”の同期で、約6年ぶりのGI制覇を果たした藤岡佑介騎手へのお祝いメッセージも!

(取材・構成=不破由妃子)

パドックで跨る瞬間から…“この状態でどれだけ走れるか”


──川田さんをして、「驚きと自信」と言わしめた金鯱賞のプログノーシスの走り。直線で後続との差をみるみる広げていく様は、まさに圧巻でした。今回は、その「驚き」の背景について、じっくり伺っていきたいと思います。

川田 レース後のインタビューでも少し触れましたが、1週前追い切りに乗ったとき、本来の彼の姿にはほど遠い状態だなと感じました。これだけの馬なので、そういう状態でも時計は出る。このクラスの馬は、時計が出て当たり前ですからね。今回は、そもそも精神状態が良くなかった。そして走りのバランスであったり、フォームであったり、そういう動きや雰囲気の部分、つまり中身がまったく良くなかった。

──休み明けを考慮しても…ということですか?

川田 休み明けだから、というようなレベルの話ではないくらい。今回は、牧場から帰ってきた時点で、馬から苦しさを感じる状態だったんですよ。

──それは、どこからくる苦しさ?

川田 自分本来の動きができないことによるストレスが源です。気持ちよく動けない身体の苦しさがストレスとなり、そのストレスがイライラとなって表れる。1週前追い切りに乗ったあと、僕がスタッフに伝えたのは、「無理に動きを求めなくていいから、とにかくストレスだけ取ってあげてくれ」ということ。動けない体を無理に動かそうとしても、馬は苦しくなるだけですからね。だから

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1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

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